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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1,469

全1,469件 321〜340 17/74ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。

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No.1149
(8pt)

暴力と狂信。アメリカの暗い底流が見える

54歳でデビューした遅咲き作家の長編第1作。60年代のアメリカ中西部を舞台に、環境に翻弄される青年と暴力と狂信に支配された人々の出口のない日々を容赦なく描いたノワールである。
狂信的な父親に支配されて少年期を過ごしたアーヴィンの成長を中心に、彼を取り巻く碌でもない人々の奇行、蛮行を積み重ね、60年代アメリカのどうしようもなさ、今に続いている暴力と狂信の底流が暴かれる。人間はどこまで愚かで、悪魔的になれるのかを否応なく突きつけられる。決して読後感の良い作品ではないが、長くインパクトを残す作品である。
好悪がはっきり分かれる作品で、ノワール愛好家にしかオススメできない。
ドナルド・レイ・ポロック:悪魔はいつもそこに
No.1148
(7pt)

信頼できない目撃者、被害者、犯人・・・ねじれすぎて疲れた

ピーター・スワンソンの長編第5作。躁うつ病で問題を起こした過去がある女性が隣人を連続殺人犯と見破り、犯行を証明しようとする心理サスペンスである。
版画家のヘンは引っ越し先で隣家の夫婦から親交を深めるディナーに招待されて家の中を見せてもらった時、隣家の夫・マシューの書斎で目にしたものに衝撃を受ける。そのフェンシングのトロフィーは2年半前に起きて未解決になっている殺人の被害者・ダスティンの部屋から犯人が持ち去ったものに見えた。マシューは殺人犯ではないかと疑ったヘンは、その証拠を求めてマシューを調べようとする。一方のマシューはヘンが疑い始めたことに気づき、トロフィーを隠してしまう。ヘンは警察や夫のロイドにマシューの犯行を告げるのだが、確たる証拠がなく、推測だけでは説得できなかった。さらに、ヘンには学生時代に躁鬱病で同級生を殺人犯と決め付けて襲撃した過去があったため周囲に信頼されておらず、ヘンがマシューを追い詰めようとすればするほど、ヘン自身が追い詰められるのだった…。
物語はヘンの視点とマシューの視点で交互に進められ、複雑な背景や動機、もつれ合う人間関係が徐々に明らかになるのだが、登場人物が全員、信頼できない部分を持っているため、物語が進むほど謎が深まってくる。最後に謎が解き明かされるのだが、その仕掛けには正直言ってちょっとがっかり。物語を捻りすぎて収拾がつかなくなったような物足りなさがあった。
「そしてミランダを殺す」ほどの完成度ではないが、読んで損はない心理サスペンスとしてオススメする。
ピーター・スワンソン:だからダスティンは死んだ (創元推理文庫)
No.1147
(7pt)

日常に非日常が紛れ込んだとき(非ミステリー)

意図することなく拳銃を手に入れることになったとき、人はどう変わっていくのだろうかという、実験的5作品を収めた短編集。
家出少女に一万円をあげたお礼に貰った紙袋から拳銃が出てきた平凡な主婦の第一話から始まって、その拳銃の履歴を遡っていくという構成、さらに各話の主人公が主婦、家出少女、新入社員、退職警官、婚約中の若い娘とバラバラであるところも意欲的である。短編だけに起承転結がはっきりしていて読みやすい。
旅のお供というか、気軽な読み物としてオススメする。
乃南アサ:冷たい誘惑 (文春文庫)
乃南アサ冷たい誘惑 についてのレビュー
No.1146
(8pt)

とんでもないクリフハンガー(前作も、本作も)にビックリ!

イギリスに暮らすムスリムの生きづらさをエンターテイメントにした「ジェイ・カシーム」シリーズの第2作。前作「ロスト・アイデンティティ」でショッキングな最後を迎えていたジェイが、再び絶望的な戦いを繰り広げるアクション・サスペンスである。
MI5にいいように使われて民族的、政治的なストレスに押しつぶされたジェイはぐうたら公務員として働きながら、穏健なイスラムの仲間たちの集会に参加し、彼らが過激思想に走るのを防ごうと勤めていた。だが、年少メンバーのナイームがガールフレンドのライラとバスに乗っていた時、白人差別主義者と遭遇し、辱めを受けたライラが自殺する事件が起きた。絶望したナイームは復讐を誓い、集会仲間のアイラと共に行動に出ようとする。ナイームの心情は理解するものの「テロリスト」と呼ばれることを阻止したいジェイは、ナイームの行動を思いとどまらせようと奮闘する。一方、ジェイがMI5に協力したことを知ったイスラム系テロ組織はジェイの抹殺を、ロンドンに潜伏しているスリーパーのイムランに指示した。イギリス生活に慣れ、一児の母である白人のシングルマザーとの結婚を夢見るイムランだったが、組織の命令は絶対であり、新しい家族を守るためにも指示を実行しようと決意する…。
前作同様、イギリスで暮らすムスリムの苦悩がベースにしながら民族間対立の解消という出口のない難問を、ユーモアを交えた軽快なアクション・エンターテイメントに仕上げている。さらに、親子や家族、恋人など濃密な人間関係のドラマも効果的に挿入されており、殺伐としたサスペンスとは一線を画した人間味が印象的である。
前作を受けたストーリーなので、ぜひ「ロスト・アイデンティティ」から読み進めることをオススメする。
クラム・ラーマン:テロリストとは呼ばせない (ハーパーBOOKS)
No.1145
(7pt)

誰が書いても難しいジャンルだと、再認識。最後はちょっとキレがある。

「その手を離すのは、私」でデビューしたイギリス女性作家の第2作。娘の命と引き換えにハイジャックに協力することを強制されたCAの苦悩と恐怖、決断を描いたタイムリミット・サスペンスである。
歴史的なロンドン・シドニー直行便の初フライトにCAのミアが搭乗したのは、夫・アダムから離れていたいからだった。養女のソフィアを中心に幸せな家族だと思っていたのだが、アダムの浮気疑惑をきっかけに夫婦仲がギクシャクしたため冷却期間を置きたいとの思いでミアが志願し、ソフィアは別居中のアダムが預かることになっていた。353人の乗客とともに順調にフライトしていた機内だったが、ミアの手元に「以下の指示に従えば、娘の命は助かる」とのメッセージが届き、ハイジャックに協力せよと脅迫された…。
ハイジャックものではよくあるパターンの話だが、物語の構成が巧みで読み応えがある。航空機内での攻防、アダムとソフィアが閉じ込められた地下室という対照的な場所でのサスペンス、ミアとアダムの夫婦それぞれが抱える秘密、娘・ソフィアの聡明さなど、各構成要素がしっかりしていて、物語の展開から目を離せない。愛する者の命か飛行機の安全かという決断不可能な選択は、結局、誰が書いても想定内の結末に終わらざるを得ないのだと納得した。それでも、最後の最後にクレア・マッキントッシュの毒が見られたのは収穫だった。
ハイジャック、タイムリミット・サスペンスのファンにオススメする。
クレア・マッキントッシュ:ホステージ 人質
No.1144
(7pt)

背景は重いが、ストーリー展開は軽快

パキスタン系英国人作家のデビュー作。MWA賞やCWA賞にノミネートされるなど、英語圏では高く評価された社会性・時代性を色濃く反映したエンターテイメント・サスペンスである。
ロンドンのムスリム・コミュニティーで育ったジェイは酒も肉食もギャンブルもやり、小遣い稼ぎにドラッグの売人もやるという、ヤンチャな若者だった。それでもムスリムのアイデンティティはあり、自分が通うモスクが差別主義者に荒らされると、報復として白人たちを襲撃したのだが、その襲撃のどさくさに紛れ、ドラッグと売上金を積んだ愛車を盗まれ、さらに、ドラッグ密売容疑で逮捕された。窮地に陥ったジェイの前に現れたのがMI5の局員で、MI5のエージェントになりイスラム過激組織の動向を探れば、司法取引で無罪にしてやるという。他の選択肢がないジェイは申し出を受け、ムスリム・コミュニティーに潜むテロ組織に接近していく…。
イギリスの移民社会の閉塞感、ムスリムに対する偏見、ホームグローン・テロ対策の難しさなど、極めて現代的で重いバックグラウンドを持つ作品だが、主人公のキャラをはじめ、周囲の人物やエピソードが明るく、軽やかで、物語全体のテイストはユーモラスである。ポリティカル・サスペンスというより、アクション・コメディかつチャラい若者の成長物語である。
イギリス社会の現状を描いたエンターテイメント作品として、幅広いジャンルの読者にオススメしたい。
クラム・ラーマン:ロスト・アイデンティティ (ハーパーBOOKS)
No.1143
(7pt)

焼け跡・闇市を生き抜く13歳は、否応なく諦観、達観する

老いぼれ犬こと高樹良文刑事が主役の「老犬シリーズ」の第1作。13歳の高樹良文少年が暴力と悪意に支配された焼け跡・闇市を生き抜いていく、ノワール成長物語である。
浮浪児狩りを避けながら二人だけで生きていこうとする13歳の良文と幸太は、良文の知恵と幸太の腕力を頼りに闇市でタバコやウィスキーを売って日銭を稼ぎ、焼け跡を不法占拠した「城」で暮らしていた。関係するヤクザに脅され、騙されながらも、他の浮浪児を集めて買出しに手を広げ、仲間や手持ちの物資、金を増やしていった。しかし、大人たちの圧倒的な暴力や悪知恵、仲間の裏切りに遭い心をズタズタにされる。それでも自分の生き方を貫こうとする良文は命をかけた状況に向かって行く…。
シリーズ読者には、主人公の少年時代を知る作品として必読。シリーズ未読でも、戦後の混乱期を生きた少年たちの冒険・成長物語として楽しめる傑作としてオススメする。
北方謙三:傷痕 (集英社文庫―老犬シリーズ)
北方謙三傷痕 についてのレビュー
No.1142
(8pt)

新シリーズもやはり正義と再生の物語である

「ザ・プロフェッサー」に始まった「トム・マクマトリー」四部作を受け継ぐ新シリーズの第1作。トムの教え子で親友の黒人弁護士・ボー・ヘインズが主役を務める、熱血リーガル・サスペンスである。
師であるトムばかりか愛妻のジャズまで亡くし、さらに二人の子供の親権まで奪われたボーがトムから受け継いだ老犬を相手に酒浸りの生活を送っている農場を、かつてボーを殺人で起訴した(第二作「黒と白のはざま」)無敵の検事長・ヘレンが訪ねてきた。女子高生レイプ事件で街の有力者・マイケル・ザニックを起訴しようとしていたヘレンは、元夫が殺害された事件の第一容疑者として逮捕されそうになっていた。圧倒的に不利な証拠が並べられ、絶体絶命の危機にあるヘレンは「最も信頼できる弁護士」が必要で、ボーに力を貸せと言う。失意のどん底にあったボーだが、立ち直って子供たちの親権を取り戻すためにも、ヘレンを助けようと決意した。しかし、保守的な街の有力者たちの嘘や思惑、策謀に惑わされ、裁判は不利な状況が深まるばかりだった…。
メインテーマは、「トム・マクマトリー」シリーズ第1作と同じく弁護士の正義をかけた再生物語で、それに南部の人種差別、中絶を巡る偏見が重なり、なかなか激しく感情を揺さぶる作品である。「トム・マクマトリー」シリーズの愛読者には絶対のオススメ。また、法律的な問題より情熱や人間が主題となる法廷もののファンも満足できるだろう。
前シリーズを受け継いだキャラクター、エピソードが多いので、できれば前シリーズを読んでから本作を読むことをオススメする。
ロバート・ベイリー:嘘と聖域
ロバート・ベイリー嘘と聖域 についてのレビュー
No.1141
(7pt)

物語は平凡だが、仕掛けが秀逸

2018年に雑誌連載された長編ミステリー。莫大な遺産の相続を目前にした三人の相続人が、遺産を残してくれる父親の策謀に翻弄される、アイデアが秀逸なワイダニット、ハウダニット作品である。
「親父が死んでくれるまであと一時間半ーー」という冒頭の一文が不気味かつパワフルで、読者はいきなり謎の渦に引き込まれる。主人公が親父を殺すのか、誰かに殺害を依頼しているのか、一時間半という時間設定の意味はすぐに明らかにされるのだが、そこに「親父が生きている」という衝撃の情報がネット経由でもたらされる。死んでもらわなければ遺産を受け取れない三人は、父親が生きてはいない証拠を探すとともに、少しでも多くの取り分を確保しようと協力しあい、いがみ合い、不毛なコンゲームを繰り広げることになる…。
棚から牡丹餅、濡れ手で粟がいかに人間の醜さを露わにするかを嫌というほど見せつける家族ドラマ、ヒューマンドラマだが、仕掛けの上手さ、ストーリーテリングの巧みさで意外なほど読後感が悪くない。犯人探し、謎解きより、作者の技巧を楽しむエンターテイメント作品としておススメする。
下村敦史:絶声 (集英社文庫)
下村敦史絶声 についてのレビュー
No.1140
(7pt)

オチのブラック・ユーモアが楽しい

フランスの人気作家の1957年と59年の2作を収録した中編集の改訳版(1979年)。
表題作「殺人交差点」は解決したはずの10年前の殺人事件が蘇り、関係者を振り回すフーダニット。もう一作「連鎖反応」は平凡な会社員が抱いた邪な願望が、思いもよらぬ形で事件を巻き起こしていくハウダニット。どちらもオチの意外さと皮肉さで楽しませる、一級品のブラックユーモア・ミステリーである。
いかんせん50年代の作品とあって、現代の読者からすれば意外性に乏しいと思われるだろうが、じっくり読めば味わい深い作品で、読んで損はないとおススメする。
フレッド・カサック:殺人交叉点 (創元推理文庫)
フレッド・カサック殺人交叉点 についてのレビュー
No.1139
(6pt)

これほどイライラさせる主人公も珍しい

スティーグ・ラーソン亡き後「ミレニアム」第4〜6部を書いた作者の新シリーズ第一弾。上流階級の心理学者と貧困層出身で移民の女性警官という異色コンビが主役のバディ・ミステリーである。
サッカーの審判員を務めたアフガン難民の男性が試合後、撲殺死体で発見された。試合中の判定に不満を爆発させた男による突発的で単純な暴力事件と判断されたのだが、逮捕されたイタリア系移民の男は頑強に否認し続ける。何とか自白を引き出したい警察は貧困層出身で移民の女性警官・ミカエラと、上流階級出の心理学者で尋問の専門家・レッケ教授を操作チームに迎え入れた。水と油のごとく対照的で混じり合うことがないと思われた二人だったが、鬱症状から自殺を図ろうとしたレッケをミカエラが助けたことをきっかけに奇妙な協力関係を築き、事件の背景に国際的なスキャンダルが隠されていることを突き止めていく…。
これまでに無い組み合わせのバディもので、殺人事件の謎を解くミステリーとしての筋立ても良くできている。が、いかんせん主人公の性格、言動、才能が異色すぎて少しも共感が呼び起こされない。読書中、これほどまでにイライラさせるヒーローには会ったことがなかったほど。シリーズは三部作というが、次作を読む気にはならなかった。
北欧ミステリーやミレニアム・シリーズの流れを期待すると、残念ながら裏切られるだろう。
ダヴィド・ラーゲルクランツ:闇の牢獄
ダヴィド・ラーゲルクランツ闇の牢獄 についてのレビュー
No.1138
(9pt)

ヴィスティングものでは現時点の最高傑作と言っていい

本国ノルウェーでは第17作まで刊行され、ドラマ化もされて大人気の「警部ヴィスティング」シリーズの邦訳第5弾。「カタリーナ・コード」に始まる未解決事件四部作の最終作である。
夏休みで暇を持て余していたヴィスティングのもとに差出人不明の封筒が届き、入っていた白い紙には「12-1569/99」とだけ書かれていた。意味することろは、コード12(ヴィスティングが所属する署の隣接署)の管内で99年に起きた事件の番号である。1999年7月に17歳の少女が強姦殺害され、元恋人の若者が逮捕され、禁錮17年の刑を言い渡された事件だった。被害者の体内から採取された精液のDNAが元恋人のものと一致しており、何の疑いもない、単純な事件に思われた。なのに、匿名の差出人は何を言いたいのか? 捜査担当者でもなかった自分に送りつけてきた意図は何か? 興味を引かれたヴィスティングは休暇中にも関わらず、古い捜査資料を取り寄せ、独自に調べ始めたのだが、追いかけるように二通目が届き、今度はヴィスティング自身が担当した事件の番号が書かれていた。こちらは2001年に17歳の少女が強姦殺害され、犯人は逮捕され、服役したという類似したケースだった。二つの事件の再捜査を進めようとしたヴィスティング、終わった事件をなんで今さら調べるのだと、周囲からは理解されなかったのだが、国家犯罪捜査局の未解決事件班の支援を受け、徐々に真相に迫っていった。
まさに北欧警察ミステリーの王道を行く犯人探しミステリーで、証拠と証言をベースに最新のIT技術の手助けも受けながら、地道に粘り強く謎を解きほぐしていくプロセスが真に迫っている。伏線を張り巡らせて読者を翻弄することはなく、派手なアクションや残虐シーンで驚かせることもなく、推理と捜査結果の捻りだけでハラハラ・ドキドキさせる。作者の警察官としての実体験をベースにしたという四部作の掉尾を飾るにふさわしい傑作エンターテイメントである。相変わらず、表紙イラストだけは残念だが。
四部作とは言え、各作品は独立しているので、本作だけを読んでも全く違和感はない。北欧ミステリーファンなら必読、とオススメする。
ヨルン・リーエル・ホルスト:警部ヴィスティング 疑念
No.1137
(8pt)

窒息するほど濃密な人間関係が支配するネブラスカの田舎町で

2022年のエドガー賞最優秀新人賞に輝いた作品。1985年11月、冬を迎えるネブラスカ州の田舎町で起きた女子高校生失踪事件が巻き起こした町の人々の動揺、疑心暗鬼、摩擦や衝突、許しや受容をシビアに描いたヒューマン・サスペンスである。
美人で成績優秀なチアリーダーとして人気の女子高生・ペギーが失踪した。田舎町から出たいと常々語っていたペギーは家出したのか、あるいは事件に巻き込まれたのか? 憶測と噂が駆け巡る町では、ペギーに片想いしていた知的障害の青年・ハルに疑惑の目が集まって来た。頼りにならない実母に代わってハルの保護者となっていた農場主のクライルとアルマ夫妻は、必要な自己弁護ができないハルの代弁者として無実を証明しようと奮闘する。一方、ペギーの弟・マイロも大好きな姉を見つけるために、町の人々の言動に細心の注意を払い、不可解な姉の行動の記憶を思い出していた。お互いが全てを知り尽くしているような濃密な人間関係が支配する田舎町で起きた事件は、人々が隠してきた秘密を明らかにし、否応なく新たな日々へ人々を導くのだった。
女子高生が失踪し、周りの偏見から被差別状態に置かれていた青年が犯人視されるという、珍しくないパターンの作品だが、登場人物の関係性、個性、それぞれの悩みや秘密、葛藤がリアリティ豊かに描かれており、最後まで目が話せないサスペンスフルなヒューマン・ドラマを楽しめる。読者はきっとクライル、アルマ、ハルの誰かに感情移入し、ハラハラドキドキしながら結末を迎えることだろう。
謎解きより人間ドラマに惹かれる人にオススメする。
エリン・フラナガン:鹿狩りの季節 (ハヤカワ・ミステリ)
エリン・フラナガン鹿狩りの季節 についてのレビュー
No.1136
(8pt)

左足用の長靴だけで歩む人生は苛立たしい

北欧を代表する作家・マンケルの最後の作品で、CWAインターナショナルダガー受賞作。70歳の孤独な男が過去に囚われながら現在に苛立ち、やがて来る死を受容するヒューマンドラマである。
医師を引退し、祖父母から受け継いだ小島に一人で暮らしていたフレドリックの古い家が全焼した。住む家も思い出の品々も全てを失ったフレドリックは、同じ島に娘のルイースが置いて行ったトレーラーハウスで不自由な生活を余儀なくされる。さらに、火事の原因は放火と断定され、フレドリックが保険金目当てに自作自演したのではないかと疑われた。唯一の身内であるルイースが島を訪れ、しばらく一緒に生活していたのだが、ある日突然、姿を消してしまった。暮らしを再建するために細々とした用事をするとともに放火犯を見つけようとしたフレドリックだが、何も判明しないうちに、ルイースから「フランス警察に逮捕された、助けてくれ」というSOSを受け取り、急遽、パリへ赴いた。
70歳の孤独な男が暮らしを再建する中で家族との関係、親子の関係を回顧し、悩み、後悔し、さらにかつて何度も訪れたパリでも過去に囚われながら、娘との新しい関係性を作り出そうとするのがメイン・ストーリー。それに放火犯探し、さらには30歳ほども年下の新聞記者・リーサへの恋情が絡んで来る。ミステリー要素は重視されておらず(放火犯は、途中で予測がつく)、70歳を過ぎて左足用の長靴2個だけで人生を歩むような男の不安感、焦燥感、諦観を丁寧に描写した老境小説と言える。前作「イタリアン・シューズ」を受けた作品だが、独立した作品であり、前作を読んでいなくても問題ない。
ミステリーというより、老いの受容の物語として、ある程度の年齢以上の方には共感を呼ぶ作品である。
ヘニング・マンケル:スウェーディッシュ・ブーツ
No.1135
(6pt)

2時間ドラマにぴったり

3本の中編を収録した上水流涼子シリーズの第2弾。どれも読みやすくて、印象に残らない。天海祐希、松下洸平の顔がパッと浮かんでくる、2時間ドラマの原作みたいな作品である。
読むのが無駄とは言わないが、読まなくてもいいかなぁ〜程度の作品。
柚月裕子:合理的にあり得ない2 上水流涼子の究明
No.1134
(9pt)

前作以上に面白いこと、間違いなし!

デビュー第2作「黒き荒野の果て」でアメリカのハードボイルド、ミステリーの各賞を獲得し、本国はもちろん日本でも絶賛された注目の新進作家・コスビーの第3作。なんと2年連続で3冠受賞という快挙も納得できる、さらにパワーアップした超傑作ハードボイルド・ノワールである。
ギャングの一味として殺人を犯し服役したアイクは15年前に出所後、犯罪社会と決別し小さな造園会社を経営して地道に暮らしていたのだが、ある日、息子が殺害されたことを知らされる。一人息子だったアイザイアが、同性婚相手の白人青年・デレクと一緒にワインバーから出てきたところを銃撃されたという。同性愛の息子を理解できず、ギクシャクした関係になっていたアイクは警察の捜査が進まないことにイライラしながらも、自分から行動することはなく、悶々とした日々を送っていたのだが、2ヶ月後、デレクの父親・バディ・リーから息子たちの墓が破壊され、侮辱的な落書きがされたことを知らされた。同性愛を許すことはできなくても、心の底では愛していた息子のために、アイクは必要ならば犯人を殺害する覚悟でバディ・リーと二人で犯人を探すことを決意した。
共に犯罪者だった二人のジジイが自分たちが信じる正義のために巨大な暴力に暴力で対抗するという、古くからのアメリカン・ヒーローものの流れだが、性的少数者差別、人種差別を真正面から絡めたことで、まさに21世紀のハードボイルド・ノワールになっている。誰が正義か、何が正義かを問う骨太のハードボイルドに、親子や家族の複雑で繊細なドラマ、さらに謎解きの面白さ、容赦ないアクションの華々しさも加わり、いろんな側面から楽しめる超一級エンターテイメント作品と言える。
前作が気に入った方はもちろん、すべてのハードボイルド、現代ノワール小説のファンに自信を持って「必読」とオススメしたい。
S・A・コスビー:頰に哀しみを刻め (ハーパーBOOKS, H187)
S・A・コスビー頰に哀しみを刻め についてのレビュー
No.1133
(8pt)

状況設定が上手い、展開が上手い

アイルランドの新進作家による長編第5作で、本国を始め英語圏では高く評価された2021年の作品。2020年、コロナのパンデミックに襲われたダブリンを舞台に、出会いと別れ、お互いの秘密と恋情、過去と現在が複雑に絡み合い、どうしようもなく悲劇の結末を迎えてしまった男女の恋愛サスペンス・ミステリーである。
コロナによるロックダウン中のダブリンの集合住宅で、死後2週間以上経ったと思われる男性の腐乱死体が発見された。住人であることは間違いないようだが、身元がはっきりしなかった。その56日前、スーパーのレジで出会ったオリヴァーとキアラはすぐに意気投合し、ぎこちないながらも付き合いをスタートさせた。お互いに恋愛下手を自認するふたりだったが、自由に出歩けないロックダウンという事態に急かされ、オリヴァーの家で同居することになる。だが、関係が深まるとともに、それぞれが抱えているらしい秘密が垣間見えてきて、もどかしい思いに苛まれるようになる。一方、警察が身元調査により特定した被害者は、かつて有名な少年事件の当事者だった。過去と現在が交錯しながら明らかにされた事件の真相は…。
男女の出会い、恋愛の深化、そして悲劇の死へ、というプロセスはありきたりの恋愛サスペンスだが、ロックダウンという異常な舞台、過去と現在を行き来しながら明かされるお互いの秘密というスピーディーなストーリー展開が見事で、緊迫感のあるタイムリミット・サスペンスに仕上がっている。オリヴァーとキアラ、どちらが真実を語り、どちらが作為で騙っているのか? 最後までハラハラさせて読者を引っ張っていくパワーがある。
イヤミスではない、恋愛サスペンスのファンにオススメする。
キャサリン・R・ハワード:56日間 (新潮文庫)
キャサリン・R・ハワード56日間 についてのレビュー
No.1132
(8pt)

古さを感じさせない、青春ノワール

ゴダール監督の長編映画「はなればなれに」の原作となった、1958年の作品。若く軽薄な三人が軽いノリで立てた現金窃盗計画が思わぬ結果を招いてしまう、サスペンスフルなクライムノベルである。
22歳の前科者同士のスキップとエディは職業訓練のための夜間学校で17歳のカレンと出会い、彼女の養親である老婦人の家に大金が隠されていることを知った。金の持ち主はラスベガスのカジノ関係者らしいのだが、たまにしか顔を見せず、しかも現金は無防備に保管されているという。「ちょろい仕事」だと考えたスキップはエディを仲間に引き込み、カレンをそそのかして深夜に忍び込む計画を立てる。誰も傷つけず、一晩で大金をせしめるはずだったのだが、スキップが同居する叔父で前科者のウィリーに計画を漏らしたことから歯車が狂い始め、思いもかけない結末を迎えることになる…。
無軌道な若者がちょっとしたことで運命を狂わせていく、青春ノワールではよくあるパターンの物語だが、関係してくる大人たちが癖のある人物ばかりで、そこに生じる複雑な人間ドラマ、心理ドラマが作品の味わいを深くしている。ゴダールの映画(優れた作品だが、優れたサスペンス映画ではない)に比べると数段サスペンスフルなミステリーである。
映画の原作という評価は関係なく、古さを感じさせない青春ノワールの傑作であり、多くのクライムノベル・ファンにオススメしたい。
ドロレス・ヒッチェンズ:はなればなれに
ドロレス・ヒッチェンズはなればなれに についてのレビュー
No.1131
(8pt)

「タワーリング・インフェルノ」への見事なオマージュ作品

後書きと謝辞にある通り映画「タワーリング・インフェルノ」にインスパイアされた、超一級のパニック小説。日本が舞台のパニック小説はさほど面白くないものが多いが、本作はそんな思い込みを覆す傑作エンターテイメントである。
東京の新たなランドマークとなる地上100階建て、高さ450メートルの超高層タワービルが営業初日に火災に襲われる。ショッピングフロア、ビジネスフロア、ホテルフロアには数万人が押し寄せており、しかも100階のホールでは千人を集めたオープニング・セレモニーが行われていた。最新の防災設備を備えた超高層タワーで火災が起きるはずがない、そんな思い込みや願望から初期対応が遅れ、最上階の1000人が取り残された…。
これまで誰も経験したことがない大災害に必死に立ち向かう消防士たちの死力を尽くした戦いがメインで、物語としては単純だが最後まで息をつかせない緊迫感が見事。さりげなく散りばめられていたエピソードが俄然、重要な要素になっていくストーリー展開も素晴らしい。
パニック小説のファンには、文句なしのオススメである。
五十嵐貴久:炎の塔 (祥伝社文庫)
五十嵐貴久炎の塔 についてのレビュー
No.1130
(8pt)

刑事であろうとなかろうと、熱過ぎるボッシュ

高レベルなハードボイルドを発表し続ける「ハリー・ボッシュ」シリーズの第9作。ロス市警を退職したボッシュが心残りな未解決事件に個人的に決着を付ける、ハードボイルド・ミステリーである。
刑事を引退したボッシュの私立探偵としての日々は退屈でしかなかった。そんな時、ずっと心に引っかかっていた4年前の女性殺害事件に関する情報が、引退した元同僚刑事からもたらされた。被害者は映画製作会社に勤める若い女性で、数日後、その映画会社のロケ現場で200万ドルの現金強奪事件が起き、事件捜査中のボッシュが現場に居合わせたという因縁があった。たとえバッジを身に付けていなくても被害者の無念を晴らすのが使命であると再確認したボッシュは、私人として捜査を始めたのだが、ロス市警とFBIから手を出すなと警告され、さまざまな妨害を受ける。それでも怯むことなく、あの手この手で真相に近づいていったボッシュだったが、たどり着いた真相は、あまりにも苦く切ないものだった…。
警官ではなくなり、しかも誰かに依頼されたわけでもないのに、ひたすら正義のために粉骨砕身するボッシュが熱いこと。これぞハードボイルドの真髄が味わえる作品として、ボッシュ・シリーズのファンにはもちろん、すべてのハードボイルド・ファンに必読!とオススメしたい。
マイクル・コナリー:暗く聖なる夜(下) (講談社文庫)
マイクル・コナリー暗く聖なる夜 についてのレビュー