国境の南、太陽の西

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国境の南、太陽の西の評価:

4.22/5点 レビュー 233件。 B ランク

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Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全375件 321〜340 17/19ページ
No.55
(5pt)

本格的で素直な恋愛小説

村上作品では、
本格的で恋愛小説。
「ノルウェーの森」に次いで、
正面きって恋をテーマにしてます。
喪失感や他人との関係性の欠落といった村上作品のテーマは、
本作でもしっかり描かれていますが、
本作はしっかりと恋の始まりと終わりを描ききった点で、
シンプルな作品だと思います。
主人公はもてない男のはずなのだけど、
ストーリーの中では、
しっかり女性からもてていて、
村上作品に共通するお約束はしっかり生きています。
「ぼくは女にもてるって」いつか書いてもらいたいものです。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.54
(5pt)

マイ・ベスト・村上

村上作品のすべてを読んでいる訳ではありません。 これまで読んだ中で、最も面白かったのはカフカで、何回も読みたくなるくらい理屈抜きで好きなのが、この作品。最高傑作との呼び声高い「ねじ鳥」は途中で挫折したので、偉そうなことは言えません。「ダンスダンスダンス」「世界の終りと〜」も途中挫折(笑)。独特のシュールな舞台設定についていけないようです。ですが、羊三部作、「ノルウェイの森」は中学時代に読み、カフカと「スプートニクの恋人」は30代になってから大変楽しんで読めました。ですから、もし「世界の終り〜」や「ねじ鳥」で「村上は合わない」と挫折された方も、この本から手に取られてはいかがでしょうか?島本さんという初恋の女性は、「もしかしたらこうなっていたかも」という過去への幻想を具現化した存在なんでしょうね。今はこういう人生を送っているけれども、本当は○○していたかも知れない、という幻想を絶ち切る=島本さんと決別し家庭に戻る、なのかな、と。それだけではないでしょうけれど、今の自分(30代)に一番呼応するのがそこの部分。私自身が、「もしかしたら〜になっていたかも知れない自分」という心地よい甘い幻想と決別出来るのはいつのことでしょうか?
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.53
(5pt)

私的名作☆

この小説のテーマは不倫ではなく、欠落感・喪失感・幻想性にあると思います。
とにかく共感するところがとても多かったですね。共感というよりも、まるで自分のことを言われているような感覚になった、と言ったほうが近いかもしれません。
やはりそれは、人間の誰しもが「欠落感」「喪失感」を抱えて生きているからだと思います。自分の中にあるその空虚を埋めようとし続ける作業が、人生だと言える部分もあるでしょう。
主人公のソレは、有紀子との理想的な結婚と仕事の成功で埋まったようにも見えました。しかし、かつて自分に全てを与えてくれた人(そういう感情を抱かしてくれた人)島本さんとの再会により、隠れていた空虚や喪失が動き出し、主人公は彼女の中に「本来あるべき自分」を見出していきます。そして日常は一気にひっくり返ります。
そういった「吸引性」は、人生のひとつの導きとも言えるかもしれません。
主人公はどうしようもなくそれを求めてしまう中で、決定的に人を(自分も)傷つけることを繰り返していきます。その部分を強烈に描いているところが、私の中では印象的でした。
これは、人間の持ちうる悲劇性の物語とも言えるかもしれません。
また最後の有紀子の言葉は、救いでもあるような気もします。
「あなたはまた私を傷つけるかもしれない。今度は私があなたを傷つけるかもしれない。何かを約束することなかんか誰にもできないのよ。でもとにかく、私はあなたのことが好きよ。それだけのことなの」(要約)本当に「それだけのこと」だけが確かなことなのかもしれません。
そして、幻想の消えた主人公が、新しい世界へ動き出しそこにあるものを掴むべく、その世界の重みを感じる姿が心に残りました。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.52
(5pt)

喪失感が胸に迫る。

幸せな日常を送る主人公の前に、かつて最も好きだった女性が現れる。
村上春樹お得意の喪失感が胸に迫る。
これ読むといつも泣く。
切ない本です。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.51
(4pt)

吸引力!

ハジメくんの言う「吸引力」(抗いようの無い、また他人に説明する事の出来ない自身の性的欲求の事)のある人生と、無い人生のどちらが良いのかによって評価は異なる。
が、恐らく40才前ぐらいに過去の思い通じた事のある人物との邂逅により(人により大きさは異なるであろうが)「吸引力」を感じない人は少数派ではないだろうか?
出版された当時にはサラリとした印象で、すぐに薄れたが、歳を取って読み返しその評価ががらりと変わった。
「吸引力」を飼いならそうとする事がいわゆるオトナであり、その事に異論はないが、逆らえない、抗えない何かを感じる事もある種の醍醐味です。
「吸引力」を感じても相手にされない様では困るのし、「吸引力」はいつくるか分からない。「吸引力」を感じつつ、節度ある行動をとる事が出来るオトナでありたい、と感じました。
逆らえないから流れに任せてしまった、は小説としては必要かもしれませんが、現実にはちょっとね。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.50
(4pt)

失われていったもの

一人っ子であることに起因して、幼い頃から孤独感を抱き続けてきた「僕」がふとしたきっかけで昔好きだった女性に再会し、恋に落ちる物語。村上春樹の作品群のなかでは中編小説といったところで、たとえば「ねじまき鳥クロニクル」ほどの重厚さや完成度はないかもしれない。しかしそのぶん読みやすいともいえる。
「僕」が現実の日常のなかで追い求めてきた純粋性・絶対的な夢・憧憬、そういったものが不思議で魅力的な「島本さん」という一人の女性に象徴されている。主人公はイズミや有紀子といった現実の女性たちと生活をおくる一方で、対立する存在である島本さんに徐々に惹かれていく。国境の南があいまいなこちら側の世界を表しているのであれば、太陽の西とは死の象徴ともいうべき、たぶんの存在しないあちら側の世界を表しているといえるだろう。
最終的に主人公はこの世界に踏みとどまることになるのだが、結末はどこか謎めいている。
それにしても、島本さんは本当に存在したのだろうか。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.49
(5pt)

センチメンタル

村上春樹にセンチメンタルを求める人には一番お勧めかも知れない。
ある国の評論家は「文学のファーストフード」と貶したらしいが、マックもたまにはおいしいよ。って感じ。
キャラ小説と思って読んでみると、すごいなぁって思う。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.48
(5pt)

「ノルウェイの森」の再来

主人公「僕」が恋した3人の女性との話だが、それが実におもしろかった。
小学校の恋話、大学生の恋話、そして結婚。
結婚後の絵に描いたような幸せな生活。再会した初恋の人への激しい想い。
一度は妻を捨て子供を捨て、すべてを捨てようとするが、消えてしまう女性。
そして時を経て今までの生活に戻っていくという、
至って普通の話だが、実に現代を的確に描いているなと共感する部分が多かった。
現代の人の心に潜んでいる、欠落感であるとか空虚感であるとか、
踊らされているという感覚であるとかが、よく描かれている。
言ってみれば明治時代の文豪、
夏目漱石の説いた「皮相上滑りの開花」の現代版が、
この『国境の南、太陽の西』の作品である。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.47
(4pt)

男性的な過去の捉え方

少年の心をひきずったまま、大人になった中年。
十分に満たされる生活環境にありながら、
過去を何度もリフレインしてしまうその特徴は、
男性なら誰しも持っているものなのかもしれません。
女性から見ると、どうしてそういう行動に?と
訝しがってしまうポイントが幾つもあると思いますが、
そこに男性的な過去の捉え方があると思います。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.46
(5pt)

一人っ子、そして中年。。。

この作品は、刊行されてすぐに読んだ。確か一人っ子が主人公だった。僕自身の記憶はそこで途絶えていた。おそらく最後まで読まなかったんだと思っていた。つい最近、この作品を再読した(たまたま主人公のハジメと同じ年齢になっていた…)。箱根での一夜の場面は、初めてではないと思った。おそらく10年以上前も最後まで読んだのだろう。
今読み返してみて、主人公ハジメと同じ年代に差しかかったからこそ、感情移入できる部分が大きいのは事実だ。30代後半だからこそ分かるもの。これまで生きてきた自分を振返り、「これでよかったの?」と思ってしまう瞬間。それが物語全体を通じて繰広げられていた。更に言えば、僕自身が一人っ子でもあるので、ラストの「明日からもう一度新しい生活を始めたいと僕は思うんだけど、『君はそれについてどう思う?』」というハジメの問いかけにも揺さぶられた。
一連の春樹作品同様、深みに入って戻ってくる…的な部分が出ている作品だが、最後戻ってきて日常が始まる一歩手前で終わっているのも、何ともいえず、僕は好きだ。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.45
(5pt)

20年分の喪失

自分自身が今、作品の登場人物の年齢(いわば中年前)あたりにいます。(38才)
そして、最近20年前の自分の残映をかいま見たとき、一度にその
20年が木っ端微塵に砕けてしまいました。残ったのは当時の自分でした。
人間って成長したつもりで、自分という人間はずっと自分のままだと痛感しました。
そういう文章が最後の方にあるので、今の自分の心にひどく振れてしまいました。
そして、「砂漠は生きている」という映画を例にして、「人が人を損ない損なわれるのは、
誰にでもありえることで、結局はその人の人生。」という言葉に少し救われました。
しばらくは、自分が今38才であるという現実をうけとめられない、現実感が伴わない自分でしたので、そこらへんが本当うまく表現できていると思いました。
この本は、10代の曲がり角を上手に曲がりきれずに40代にさしかかろうとしている、10代の自分が少しずつ消えていく辛さを感じている方達におすすめします。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.44
(4pt)

年齢を重ねるということ そして心変わり

 私は、「ダンス・ダンス・ダンス」だけは読んでいないのだけれど、
本作は、私が読んだ長編作品の中で最も甘ったるく、自分の中の愛欲を刺激される作品でした。
 本作は、主人公ハジメと、小学校時代の同級生で36歳になってから20年以上ぶりに再会した島本さんとの関係を通じて、恋愛の持つ切なさ、はかなさを十二分に表現した作品です。
 具体的に言えば、恋愛をすれば相手の女性のことをすべて知りたい・手に入れたいという願望が、自然と湧き上がってくるものですが、多くの場合それは叶えられません。
 なぜなら、誰かの記憶や体験を正確にすべて自分の頭の中に入れることは不可能だからです。
 たとえば小学校のころにどんな子に初恋をしただとか、どんな体験をしたかということは、相手の中で美化されている場合もあるだろうし、人間だから隠しておきたい、話したくないこともあるでしょう。
 また、恋愛真っ最中においても、相手は心変わりをして他の誰かに浮気をしてしまうかもしれない。もちろん、自分も浮気をする可能性があるのです。
 完全に永遠に、2人が1つとなるような恋愛はありえないので、恋愛とはとてもとても切ないものであるということを、私は本作から学びました。
 ところで、本作中で、ハジメが妻の父親から、不正に操作された株式の取得を勧められるシーンがあります。
そこで、株式操作、つまりマネーゲームをハジメが痛烈に批判します。
“「君は半月で投資した金が確実に二倍に増えるとこともなげに言う。八百万が千六百万になるという。
でもそういう感覚には何か間違ったところがあると僕は思う。そして僕も知らず知らずのうちに、その間違いの中に少しずつ呑み込まれていっている。たぶん僕自身もその間違いに加担しているのだろう。僕は最近、少しずつ自分が空っぽになっていくような気がするんだ」”
 この作品が書かれたのは、1992年ですが、この科白は昨今のホリエモン騒動を暗示しているようで、おもしろいと思いましたし、改めて村上春樹氏の知識・教養の深さに舌を巻きました。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.43
(4pt)

個人的には春樹作品の中でもかなりの上位ランク。('-,_ω-`)プッ

やっぱり村上春樹はいいですね。('-,_ω-`)プッ
幼馴染の女性と何十年かぶりに再会を果たし、妻がいるのにもかかわらず、その幼馴染との恋愛に没頭していく男が主人公です。今作のセックス描写はやたら生々しいですね。で、二人が織り成す会話も大人っぽくて、というか餓鬼な僕には理解しがたく、途中で何度かついていけないシーンに出くわしました。前半は非常に良かったんですけどねぇ・・まあ、これは僕の人生経験がこの作品を理解するに大幅に足りなかったんでしょう、きっと。('-,_ω-`)プッ
とはいえ、ラストは気持ちよく締めくくってくれたし、全体として見ればかなり良かったです。こういう人間の内面に迫るような作品は好きですね。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.42
(5pt)

深いところにあるもの

急に「ノルウェイの森」を読み返して、本書も読むことにした。
この両書は「出所」を同じくするものだ。
もちろんこれらは小説だから現実ではない。
でも村上氏が伝えたいことは現実のものとしてちゃんと、ある。
人間の記憶、美しいよりもせつない記憶や思い出はいつまでもその人の中で存在をやめないと思う。
そのせつなさの象徴が本書での島本さんの「足の悪さ」で表したんだと思う(ノルウェイでは「心の病」。)
そして村上氏もきっとそういう記憶を伝えたかったんだと思う。
みなさんもぜひ本書を読んでご自身にもある深い部分に留まるせつない記憶を感じてほしいです。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.41
(5pt)

スーパー・ヘヴィー・ラブ・ストーリー

発売時以来だから、約14年ぶりの再読。
その間、年をとってそれなりに様々な経験を積んだせいか、
最初に読んだ時に比べて、心に迫ってくるものが全然違う。
完全にのめりこみ、圧倒されてしまった。
この本から私なりに感じ取ったメッセージを順不同で挙げると、
1.一度手にしかけたものは、決して手離してはいけない。
2.人生はやり直しができない。
3.恋愛は理屈ではできない。
4.完全な恋愛は全てを奪う。
5.完全な恋愛を得て死ぬより、不完全な恋愛と共に生きるべし。
6.所詮、完全な人生はこの世には存在しない。
特に5.については、
結末でみせた島本さんのとった決断に、
島本さんの主人公に対する最大級の愛情を汲み取れたし、
一方でそのどうにもならなさを考えると、身を切られる思いがした。
その上で、著者は我々読者に対して、
「生き続けろ」というメッセージを強く送っているのだと思う。
とはいえ、言わば羊の抜けた「羊博士」のようなものになったであろう主人公は、
この先どうやって生きてゆくのだろうか?
この疑問は私のこれからの人生のテーマになると思う。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.40
(4pt)

島本さん

この本を読んで、「島本さん」の存在のとりこになった。島本さんは足が悪い。島本さんの現実的な所在地がない。島本さんの笑顔。島本さんの妙なのどの音。島本さんが島本さんである意味。etc・・・
でも、そんな島本さんに魅了された主人公は、最後の最後まで「島本さん」に振り回されて、意味を得ないまま現実世界に引き戻されてしまう。
そこがこの本の現実的内容なのか、それとも「島本さん」の存在は説明不可能だったのか?不思議な物語でした。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.39
(5pt)

評価の軸

賛美両論ある作品です。私は30代前半で、昨年この作品を読みました。結論から書くと、私にとって村上作品のベストとなりました。
この作品の評価は、このような恋に共感できるか、という一点に集約されるのではないかと思います。共感とは、自分に同じような経験があったり、又はそこまでに至らなくても、そのような別の道に行ってしまいそうだった経験です。
幼なじみとの恋、結婚してからの恋を経験した人は、この作品を自分と重ねざるを得ません。一方、そのような経験がない人にとっては、ただの薄っぺらい恋の話に感じるのではないでしょうか。
淡いジャズと共に、昔の思い出に浸りたい人にお薦めします。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.38
(5pt)

自分の生きてこなかった部分を再確認

常に「自分でないものになろうとしてきた」という
ハジメくん。でもなれなかったと、自分で言ってます。
生きていく上で取捨選択を重ねていくと、
「選ばれなかったもの」もでてきます。
全てのものを選んで生きていくことはできないのだから、
仕方ないです。
「自分でないものになろうとした」
そんな生き方を重ねてきた彼が、行き詰まりを
感じた時。もうこれ以上、社会的成功は望まなく
なった時、「選んでこなかったもの」「捨てて
きたもの」と向き合うことになったように見えました。
具体的には、イズミさんと島本さんですが、
その二人に投影していた「選ばなかった・
見てこなかった、自分の内部のカケラ」を、
自分のものとして、再認識・再検討・棚おろし
させられたのが、二人との再会・邂逅のように
見えました。
そうしてやっと、奥さんに「きみはどう?」
と尋ねて、手を取り合えたように思いました。
まず「自分でないものになる」=社会的地位を得る、
そして今度は「自分になる」=内面の欠落の探求、
という段階へと進んだのでしょうか。
自分が選ばなかったものは、イズミさんのように
息をひそめて、こちらが気づくのをいつまでも
じっと待っているのかもしれない。
人によっては、何か満たされない乾きを感じた時に、
その存在に気づかされるのかも。
視野が狭いのか、つい自分にとって卑近な例に
置き換えてしまいました。的外れかもですが、
ついついそんなふうに見てしまったのでした。
いろんな要素を持っていて、見る角度によって
万華鏡のように違う模様が見られるだから、
懐が深いですね。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.37
(5pt)

村上春樹の最高傑作の一つ

発売と同時に読みました。そのときは,失敗作なのではないかと思いました。しかし,10年以上経って,読み返してみると,印象は全く異なっていました。今は,どなたかも書かれていましたが,ノルウェーの森を遙かにしのぐラブストーリーといえると思います。ただ,単なるラブストーリーにとどまらないところが村上春樹だと思います。人生の暗く,苦しい面を,はっきりととらえていて,恐ろしいほどです。再読してから後,何度も読み返しました。そのたびに発見があり,小説としての魅力を感じる一方,その表現の深さに,たじろいでしまいます。通常の小説を読むときとは,異なる経験です。また10年後に読むとしたら,さらに深い理解ができるかも知れません。あくまでも,わたし個人の感想ですが,一度読まれて,あまり感心しなかった方も,そこで結論を出してしまわずに,何年かしてから,再び読まれることを強くお勧めします。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869
No.36
(4pt)

私は良かったとおもう

「僕は長いあいだ、彼女に対して僕の心の中の特別な部分をあけていたように思う。まるでレストランの一番奥の静かな席に、そっと予約済の札を立てておくように、僕はその部分だけを彼女のために残しておいたのだ。」これは小説というよりはまるで長いラブレターのようだ。ずっと、たった一人に向けて君が特別なんだと言っているというか。最初の方のいくつかの文章は私のことではないかと思えてただうなづいてしまった。後半よりも前半のほうがきめ細かくかけていると思う。
国境の南、太陽の西 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 国境の南、太陽の西 (講談社文庫)より
4062630869