きりこについて

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きりこについての評価:

4.11/5点 レビュー 55件。 D ランク

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平均点4.11pt

Amazonレビュー一覧

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全88件 1〜20 1/5ページ
No.88
(4pt)

デザインがお洒落

まだ読んでいませんが、デザインに惹かれて購入しました。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.87
(4pt)

デザインがお洒落

まだ読んでいませんが、デザインに惹かれて購入しました。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.86
(4pt)

よい

よい
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.85
(4pt)

よい

よい
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.84
(5pt)

自分は不美人だと思い悩んでいる人のための応援小説だニャー

小説『きりこについて』(西加奈子著、角川文庫)は、「きりこは、ぶすである」という衝撃的な一文で始まります。「とにかくランダムに、出来るだけまばらに、色んな人を集めて、その人たち皆にきりこを見てもらい、『どうか正直に言ってほしい』とお願いしたら、きっと九十七人、いや九十八人、もうちょっと頑張って九十九人、こうなったらやけくそで百人! は、『ぶすである』と、言うだろう」。

ある日、突然、自分が不美人であることに気づかされたきりこと、人間の言葉を話すことのできる、きりこの愛猫・ラムセス2世の物語です。

「きりこは二年間ほど、鏡を見つめ続けた」。

「『人間より、猫のほうがええ』。数年経って、改めてこのことを痛感したきりこは、猫のように、夜行動して、昼間は眠っているようになった。当然学校には行けなかったし、そのまま、高校にも、行かなかった」。

「きりこは十七歳になったが、一時的な拒食症の反動で、今度は過食症になっていた。・・・高校に行かなくてもいい。お嫁に行きたくないのなら、行かなくてもいい。そして、起きているのが辛い『何か』があるのなら、眠っていればいい。起きている間、笑っていてくれれば、それでいいのだ。パァパは昇進したばかりだし、マァマはパート先のスーパーで信頼されていた。大丈夫、大丈夫。ふたりは自分にそう言い聞かせ、きりこの眠るさまを、いつまでも見守った」。

18歳になったきりこは、レイプされたと公に告発する3歳年上のちせちゃんの力になりたいと、4年ぶりに日の射す外に出ます。「必死であった。数年会っていなかったちせちゃんの胸の痛みが、きりこには分かる気がした。男の子と性交さえしたことのないきりこであったが、ちせちゃんが傷ついている、というそれだけで、十分だった」。

「きりことちせちゃんがしたことは、ちせちゃんと同じような体験をした女性たちのための団体に、相談に行くことであった」。

「きりこはニ十歳になったこの頃も処女であったが、(AV女優の)ちせちゃんのビデオのおかげで、男女の体の仕組みについて、体育館で教わったときの六万倍ほどの知識を身につけていた。ちせちゃんのビデオのスタッフたちも、たまにスタジオにやってくる、黒猫を抱いた、お姫様のようなドレスを着たきりこの存在に、一目置くようになっていた」。

「有限会社ラムセスは、百戦錬磨の元女優の社長と、処女の副社長と、一度強姦されただけで後、性交の経験のない経理という、アダルトビデオ業界の会社としてはいささか変わった組織になった。ラムセス2世は、『性交の回数を三人合わせると、ちょうどいいかもしれませんね』と言った。きりこも、それに賛成した」。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.83
(4pt)

エンタメでもあるけど、深堀りもできる良作|『きりこについて』西加奈子

相変わらずの西ワールド。テンポよい関西弁で独自の世界観が展開されます。猫、兼、語り部たるラムセス2世もいい味を出しています。

・・・
ネタバレで申し訳ないのですが(でもこれを語らないと何も伝わらないのですが)、本作のクライマックスはきりこの「ぶす」の克服、だと思います。

外見と内面とは、恋愛等で人を評価する際に常に議論される二面でありますが、どちらかではなく、どちらも自己であります。きりこに限らず「フツー」に見える人だって、若いうちは自身の外見を受け入れるということが難しいかもしれません。

いわんや「ぶす」であるきりこが自分の「ぶす」性を自覚しショックを受けながらも素直に受け入れ、その上で自分の内面に焦点をあてて自己理解を進めるというのは、ありふれた筋ながらきりこを魅力的に映し出しています。人は外見(だけ)じゃない、それだけで判断すんじゃねえ、と。

・・・
でも、本作でひときわ印象的なのは、そんなきりこですら、やはり外見にとらわれていたことが明らかになるシーンではないでしょうか。成人した後に、初恋のこうた君と再会し、何か以前のこうた君と違うな、前の方が良かったなと思い、ふときりこ自身も彼の外見しか見ていなかったことに気づくくだりです。

「ぶす」という外面へのレッテルの被害者であるきりこ自身も、外見の偏見から逃れられていなかった。でも、そのことに気づいたという点に、人間の成長と希望を感じました。

余談ですが、私の個人的な成長実感は、たいてい自己客観化と自己認知による気づきの直後であると感じています。だからか、自己認知を経て、一段「メタ」の視点を得て成長するきりこに、感情移入してしまったのかもしれません・・・。よく客観化できた、でかした!、って笑

・・・
あと、本作の語り部たるラムセス2世。こういうヘンテコなポジションをポンと、実に自然においてしまうのが、西さんのすごさか。

ナレーションをつかさどる天の声のようなポジションでありながら、ちょいちょい自己を出してしまう、この猫。実は猫って、未来も過去もすべてがわかっているらしいですよ(作中の設定)。ただどうして分かるのかは分からないそう(賢いのかアホなのか分かりませんね)。

・・・
ということで、私のお気に入り、西さんの作品でした。

外見・内面という人間の二面をどう受け入れるかという話を、関西弁でユーモラスに彩る作品であったとおもいます。全体ひっくるめると自己陶冶・成長物語でもありました。

作品の展開が一つの集合住宅からであり、そこに集う多くの人たち(AV女優になっちゃう人、新興宗教にはまっちゃう人、DVをやっちゃう人等)を貴賤や価値判断を含まずフラットに描いている点にも好感が持てましたね。

また、ちせちゃんのキャラ設定も要注意。セックス好きであっても同意のないセックスはレイプであるという性交渉の同意について示唆は、特に若い子は真剣に考えるべきトピックであると思いました。

本作、やや刺激的ながら中高生にもおすすめできると思います。また、関西弁のノリが好きなかた、猫好きにもおすすめできると思います。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.82
(5pt)

自分は不美人だと思い悩んでいる人のための応援小説だニャー

小説『きりこについて』(西加奈子著、角川文庫)は、「きりこは、ぶすである」という衝撃的な一文で始まります。「とにかくランダムに、出来るだけまばらに、色んな人を集めて、その人たち皆にきりこを見てもらい、『どうか正直に言ってほしい』とお願いしたら、きっと九十七人、いや九十八人、もうちょっと頑張って九十九人、こうなったらやけくそで百人! は、『ぶすである』と、言うだろう」。

ある日、突然、自分が不美人であることに気づかされたきりこと、人間の言葉を話すことのできる、きりこの愛猫・ラムセス2世の物語です。

「きりこは二年間ほど、鏡を見つめ続けた」。

「『人間より、猫のほうがええ』。数年経って、改めてこのことを痛感したきりこは、猫のように、夜行動して、昼間は眠っているようになった。当然学校には行けなかったし、そのまま、高校にも、行かなかった」。

「きりこは十七歳になったが、一時的な拒食症の反動で、今度は過食症になっていた。・・・高校に行かなくてもいい。お嫁に行きたくないのなら、行かなくてもいい。そして、起きているのが辛い『何か』があるのなら、眠っていればいい。起きている間、笑っていてくれれば、それでいいのだ。パァパは昇進したばかりだし、マァマはパート先のスーパーで信頼されていた。大丈夫、大丈夫。ふたりは自分にそう言い聞かせ、きりこの眠るさまを、いつまでも見守った」。

18歳になったきりこは、レイプされたと公に告発する3歳年上のちせちゃんの力になりたいと、4年ぶりに日の射す外に出ます。「必死であった。数年会っていなかったちせちゃんの胸の痛みが、きりこには分かる気がした。男の子と性交さえしたことのないきりこであったが、ちせちゃんが傷ついている、というそれだけで、十分だった」。

「きりことちせちゃんがしたことは、ちせちゃんと同じような体験をした女性たちのための団体に、相談に行くことであった」。

「きりこはニ十歳になったこの頃も処女であったが、(AV女優の)ちせちゃんのビデオのおかげで、男女の体の仕組みについて、体育館で教わったときの六万倍ほどの知識を身につけていた。ちせちゃんのビデオのスタッフたちも、たまにスタジオにやってくる、黒猫を抱いた、お姫様のようなドレスを着たきりこの存在に、一目置くようになっていた」。

「有限会社ラムセスは、百戦錬磨の元女優の社長と、処女の副社長と、一度強姦されただけで後、性交の経験のない経理という、アダルトビデオ業界の会社としてはいささか変わった組織になった。ラムセス2世は、『性交の回数を三人合わせると、ちょうどいいかもしれませんね』と言った。きりこも、それに賛成した」。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.81
(4pt)

エンタメでもあるけど、深堀りもできる良作|『きりこについて』西加奈子

相変わらずの西ワールド。テンポよい関西弁で独自の世界観が展開されます。猫、兼、語り部たるラムセス2世もいい味を出しています。

・・・
ネタバレで申し訳ないのですが(でもこれを語らないと何も伝わらないのですが)、本作のクライマックスはきりこの「ぶす」の克服、だと思います。

外見と内面とは、恋愛等で人を評価する際に常に議論される二面でありますが、どちらかではなく、どちらも自己であります。きりこに限らず「フツー」に見える人だって、若いうちは自身の外見を受け入れるということが難しいかもしれません。

いわんや「ぶす」であるきりこが自分の「ぶす」性を自覚しショックを受けながらも素直に受け入れ、その上で自分の内面に焦点をあてて自己理解を進めるというのは、ありふれた筋ながらきりこを魅力的に映し出しています。人は外見(だけ)じゃない、それだけで判断すんじゃねえ、と。

・・・
でも、本作でひときわ印象的なのは、そんなきりこですら、やはり外見にとらわれていたことが明らかになるシーンではないでしょうか。成人した後に、初恋のこうた君と再会し、何か以前のこうた君と違うな、前の方が良かったなと思い、ふときりこ自身も彼の外見しか見ていなかったことに気づくくだりです。

「ぶす」という外面へのレッテルの被害者であるきりこ自身も、外見の偏見から逃れられていなかった。でも、そのことに気づいたという点に、人間の成長と希望を感じました。

余談ですが、私の個人的な成長実感は、たいてい自己客観化と自己認知による気づきの直後であると感じています。だからか、自己認知を経て、一段「メタ」の視点を得て成長するきりこに、感情移入してしまったのかもしれません・・・。よく客観化できた、でかした!、って笑

・・・
あと、本作の語り部たるラムセス2世。こういうヘンテコなポジションをポンと、実に自然においてしまうのが、西さんのすごさか。

ナレーションをつかさどる天の声のようなポジションでありながら、ちょいちょい自己を出してしまう、この猫。実は猫って、未来も過去もすべてがわかっているらしいですよ(作中の設定)。ただどうして分かるのかは分からないそう(賢いのかアホなのか分かりませんね)。

・・・
ということで、私のお気に入り、西さんの作品でした。

外見・内面という人間の二面をどう受け入れるかという話を、関西弁でユーモラスに彩る作品であったとおもいます。全体ひっくるめると自己陶冶・成長物語でもありました。

作品の展開が一つの集合住宅からであり、そこに集う多くの人たち(AV女優になっちゃう人、新興宗教にはまっちゃう人、DVをやっちゃう人等)を貴賤や価値判断を含まずフラットに描いている点にも好感が持てましたね。

また、ちせちゃんのキャラ設定も要注意。セックス好きであっても同意のないセックスはレイプであるという性交渉の同意について示唆は、特に若い子は真剣に考えるべきトピックであると思いました。

本作、やや刺激的ながら中高生にもおすすめできると思います。また、関西弁のノリが好きなかた、猫好きにもおすすめできると思います。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.80
(5pt)

大好き

大好きな小説です。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.79
(5pt)

大好き

大好きな小説です。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.78
(5pt)

力強い作品

女性はキリコの感じた思いをみんな抱きながら
生きていると思う。
その思いは歳を重ねて強くなり自分自身でいたいと
いう思いを損なっていく。
キリコのように生きたいと思うけれど日本の社会が
その実現を阻みそう思っている自分自身が心の目を
閉じようとしてるのだと読書後思い深い読書感を
えれた。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.77
(5pt)

力強い作品

女性はキリコの感じた思いをみんな抱きながら
生きていると思う。
その思いは歳を重ねて強くなり自分自身でいたいと
いう思いを損なっていく。
キリコのように生きたいと思うけれど日本の社会が
その実現を阻みそう思っている自分自身が心の目を
閉じようとしてるのだと読書後思い深い読書感を
えれた。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.76
(4pt)

豊かな読書体験

ジョン・アーヴィングの小説を読んでるみたいでした。
私は猫好きではないけど、猫の世界はこんなに豊かで面白いのかと思ったら、世界に厚みが出たような気がします。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.75
(4pt)

豊かな読書体験

ジョン・アーヴィングの小説を読んでるみたいでした。
私は猫好きではないけど、猫の世界はこんなに豊かで面白いのかと思ったら、世界に厚みが出たような気がします。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.74
(5pt)

猫は賢い生き物です。

白玉の下りで笑った。大好きなシーン。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.73
(5pt)

猫は賢い生き物です。

白玉の下りで笑った。大好きなシーン。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.72
(5pt)

オススメ

面白かった。家族にも回し読みしたくらい。
なかなか良い話でした。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.71
(5pt)

オススメ

面白かった。家族にも回し読みしたくらい。
なかなか良い話でした。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X
No.70
(5pt)

「きりこはきりこ」だし「私は私」なのだ

「きりこは、ぶすである」。
強烈な一文から始まるこの小説、かなり終盤まで「ぶす、ぶす」を連発しながら、主人公「きりこ」が美醜問題からくる差別に喘ぎ、自己と向き合い、「かけがえのない自分」を取り戻し、やがて本質を見極められる心豊かな人間へと成長していく様を、愛猫ラムセス2世の愛情あふれる眼差しと共に物語っている。
きりこは、客観的に見て゛絶望的なくらいぶす”なのだが、両親から「可愛い、可愛い」と言われ続けて育ってきたため、自分を世界一可愛いと信じ込んでいる。
それと同時に、彼女は周りの「可愛い女の子たち」を美醜ではなく各々の特性や人柄などで”認識”し、ある意味フェアな関係性を築いている(きりこが世界の中心という前提付きの、かなり偏った平等性ではあるけれど)。
それなのに、目の前にいる相手、置かれている状況、相手が人間か動物か...等によって、「皇女様」のように敬われていたかと思えば一転、「ぶす、ぶす」と罵られ、やがて存在そのものが忘れ去られてしまったりするのである。未熟で幼いクラスメート達はその成長過程で変化する彼らなりの価値観により、残酷なまでにきりこを翻弄し追い詰める。
でも、きりこ自身は何も変わっていない。
いつだって「きりこはきりこ」なのだ。
「ぶす」とはどういうものであるか分からない、と鏡に映る自分に向かって本気で呟くきりこに感動を覚える。
そして、思う。
「きりこがきりこである」のと同様、「私は私」なのだ。
この小説の読後感は”ひたすら爽快”に尽きる。
今、誰かに「お前、ホンマぶすやな」と言われても、「ぶすって何ですかぁ~?」とさらっと返せる気がする。
きりこについて (角川文庫) Amazon書評・レビュー: きりこについて (角川文庫)より
4043944810
No.69
(5pt)

「きりこはきりこ」だし「私は私」なのだ

「きりこは、ぶすである」。
強烈な一文から始まるこの小説、かなり終盤まで「ぶす、ぶす」を連発しながら、主人公「きりこ」が美醜問題からくる差別に喘ぎ、自己と向き合い、「かけがえのない自分」を取り戻し、やがて本質を見極められる心豊かな人間へと成長していく様を、愛猫ラムセス2世の愛情あふれる眼差しと共に物語っている。
きりこは、客観的に見て゛絶望的なくらいぶす”なのだが、両親から「可愛い、可愛い」と言われ続けて育ってきたため、自分を世界一可愛いと信じ込んでいる。
それと同時に、彼女は周りの「可愛い女の子たち」を美醜ではなく各々の特性や人柄などで”認識”し、ある意味フェアな関係性を築いている(きりこが世界の中心という前提付きの、かなり偏った平等性ではあるけれど)。
それなのに、目の前にいる相手、置かれている状況、相手が人間か動物か...等によって、「皇女様」のように敬われていたかと思えば一転、「ぶす、ぶす」と罵られ、やがて存在そのものが忘れ去られてしまったりするのである。未熟で幼いクラスメート達はその成長過程で変化する彼らなりの価値観により、残酷なまでにきりこを翻弄し追い詰める。
でも、きりこ自身は何も変わっていない。
いつだって「きりこはきりこ」なのだ。
「ぶす」とはどういうものであるか分からない、と鏡に映る自分に向かって本気で呟くきりこに感動を覚える。
そして、思う。
「きりこがきりこである」のと同様、「私は私」なのだ。
この小説の読後感は”ひたすら爽快”に尽きる。
今、誰かに「お前、ホンマぶすやな」と言われても、「ぶすって何ですかぁ~?」とさらっと返せる気がする。
きりこについて Amazon書評・レビュー: きりこについてより
404873931X