(短編集)

終身不能囚



    ※タグの編集はログイン後行えます

    【この小説が収録されている参考書籍】
    オスダメ平均点

    0.00pt (10max) / 0件

    0.00pt (10max) / 0件

    Amazon平均点

    5.00pt ( 5max) / 5件

    みんなの オススメpt
      自由に投票してください!!
    0pt
    サイト内ランク []B
    ミステリ成分 []
      この作品はミステリ?
      自由に投票してください!!

    0.00pt

    0.00pt

    0.00pt

    0.00pt

    ←非ミステリ

    ミステリ→

    ↑現実的

    ↓幻想的

    初公開日(参考)1975年01月
    分類

    短編集

    閲覧回数509回
    お気に入りにされた回数0
    読書済みに登録された回数0

    ■このページのURL

    ■報告関係
    ※気になる点がありましたらお知らせください。

    終身不能囚―傑作短編集5 (講談社文庫 も 1-17 傑作短編集 5)

    1978年07月31日 終身不能囚―傑作短編集5 (講談社文庫 も 1-17 傑作短編集 5)

    ※あらすじは登録されていません



    書評・レビュー点数毎のグラフです平均点0.00pt

    終身不能囚の総合評価:10.00/10点レビュー 5件。Bランク


    ■スポンサードリンク


    サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

    新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

    現在レビューがありません


    ※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
    未読の方はご注意ください

    No.5:
    (5pt)

    得がたい作家

    若い時にかなり長編を読みましたが久しぶりにkindleで短褊を読んだのですがあの時の興奪と感動が甦りました。私は天才だと思ってます。とりあえず全短編読破したいです。
    終身不能囚―傑作短編集5 (講談社文庫 も 1-17 傑作短編集 5)Amazon書評・レビュー:終身不能囚―傑作短編集5 (講談社文庫 も 1-17 傑作短編集 5)より
    4061361120
    No.4:
    (5pt)

    表題作「終身不能囚」を含む8編の短編集!

    本書は1975年11月に講談社から初出版されました。表題作の他に「紺碧からの音信」「無能の真実」は秀逸です!
    「紺碧からの音信」
    世田谷の小さな公園に、奇妙な老人がいた。彼は、幾つもの風船を持ってきて、空に放していた。子供たちは、風船爺さんと呼んでいた。戦争で頭がおかしくなったらしい。八雲は、その男が来た事をハッキリ覚えている。零戦隊の隊長、橋本中尉が決定的な知らせを伝えた。父が沖縄の特攻作戦で、見事に成功したという知らせだ。彼は、その様子を語った。それは、戦死したということである。生きて帰ると言ったはずなのに、一瞬、理解出来なかった。終戦後、母と幼い子の生活は、苦しかった。それを親身に面倒みてくれたのが、橋本だった。八雲は、戦争に憧れた訳では無いが、父と同じ様に空を飛んでみたかった。橋本は、終戦後、自衛隊に入り戦闘機の教官をしていた。橋本のお陰で、八雲は、夢が叶った。戦時中、敵艦に向かって飛び立ったものの、怖気づいて逃亡する特攻機があったと言う。それを、敵艦までの護衛機が、命令違反として撃墜していた事を知った。その老人は、零戦で不時着して、近くの漁民に助けられた。味方から射撃されたのだ。その時、頭に異常が起きなければ、約束通り家族のもとへ帰れたのだ。八雲は、父の零戦に、橋本が機銃を撃ち込んだのではないかと疑い始める。
    「虫の土葬」
    上松啓吾は、四十六才。大手電機メーカーの課長補佐である。世界的な景気後退の影響で会社は、下級管理職から希望退職を募った。だが辞められない状態だった。高一の長女と中二の長男がいる。まだまだ、金がいる。会社の見る目が冷たい。会社に居づらくなった。ささやかな退職金をもらい、形ばかりの送別会を開いてくれた。部長や課長は、短い送辞を述べると、そそくさと帰った。中座する者が続いた。座が白けて、それ以上、宴が続かいない。幹事の空しい閉会の辞と共に、皆、散って行った。誰も二次会に誘う者もいなかった。タクシーに乗り、自宅へ向かう途中で尿意を催した。草を繁らせた空き地を見つけ、タクシーを降りた。草原の中に駆け込むと、盛大に放尿した。その時である、足元が地面ごとグラリと崩れた。上松は、落ちた。幸い土が柔らかく、怪我は、無いようだ。だが、そこは、大きな穴だった。落ちた開口部を見ると、一メートルほど穴が開いている。深さは、五メートルくらいある。中は、直径三メートルほどの空間だ。開口部の出口は、岩登りのオーバーハングの様な状態だった。自力で脱出するのは、困難だった。人が助けに来てくれるのが絶望的な状況で、上松は、今までの四十六年間を振り返る時間を与えられた。悲観的な状況で、外の世界を想像すると、今まで気が付かなかった、妻、子、会社の者たちの、上松に対する裏切りが少しずつ分かってくる。
    「孤独の密葬」
    私が、この高層アパートに引っ越して来たのは、完全にプライバシーが保証されているからだ。私の仕事は、翻訳家である。以前の木造老朽アパートは、隣近所の交際が煩かった。自自会があって会合ばかり行う。大して親しくないのに、醤油や砂糖を借りに来る。休日も、突然、部屋に訪れ何時間も雑談していく。私は、迷惑でならなかった。だから、この高層アパートへ引っ越したのだ。翻訳の仕事も忙しく、家賃を賄えるはずだ。ここは、隣近所の付き合いは、全く無い。隔壁が厚いので、隣室に人がいるのも分からない。さぞ、仕事がはかどるだろうと思った。だが、予測もしない事態になった。まず、口をきく機会が無い。口の中にカビが生えそうだ。話し相手が欲しくて、廊下へ出ても、貝の様に閉ざされた鉄の扉が並んでいる。私は、完全なプライバシーを求めて、鉄の箱の様なアパートへ移り、自分を檻の中に閉じ込めてしまったのだ。ある日、間違った封書が送られてきた。宛名は、西山満智子となっていた。前の住居者だろう。暫く、放っておいたが、新聞の社会面に、その名の女性が殺されたという記事が載っていた。私は、封書を開け、手紙を読んだ。そこには、彼女の生前の生々しい素顔が書かれていた。私は、西山満智子さんが、古くからの友人のように思えてきた。私は、犯人を捜し出さなければと決心した。前のアパートの住人が、他の住人のことを干渉したように。
    「無能の真実」
    井関道子が寺田大助と結婚したのは、別の男との失恋を癒すためだった。だが、寺田は、ダメな男だった。無責任で無能なのだ。勤めても勤まらないか、自分から辞めてしまう。人間として重要なパーツが欠けているのだ。ところが、どんなきっかけか分からないが、郵便物の臨時配達夫の仕事を始めた。大事な物を配達するのだから、心配でならない。現金書留も配達する。いつ、投げ出すか分からない。だが、この仕事は、一生懸命やっているようであった。安心したのも束の間、押入れの中に配達物が隠されていた。その配達物は、道子も手伝い、夜遅くまでかけて配達した。そんな時、以前別れた恋愛相手から、もう一度やり直したいと申し入れがあった。すでに既婚であるのを承知で言っている。今更、遅すぎたが、元はと言えば、好きだった男である。その男が、再び目の前に現れると、寺田の無能さに対する嫌悪がさらに増幅した。無能、無責任と詰られた寺田だったが、難病で苦しむ少年にせっせと郵便(少年の好きな本)を配達していた事は、その少年が亡くなってしまったので、誰にも知られなかった。
    「無限暗界」
    武井公一は、先天的に心臓が弱い。心房中隔欠損症という欠陥を抱えていた。いつ、突発的な心筋梗塞、心不全といった重症が起きても不思議では無かった。だから、常に仕事でも、遊びでも身体を庇っていた。最近になって、変な夢を見るようになった。バスの扉に子供の手が挟まって取れなくなっている。運転手が来て、刃物で手首を切り落して、良かったと言って、平然と運転を再開する。歩行者が目の前で、車に撥ねられた。数メートル飛ばされ死亡した。だが、次に来た車の運転手は、こんなところに死体が有っては邪魔だ、と言い、死体をズルズル引きずり、道端に寄せ、再び車を運転して去って行った。そう言ったグロテスクな夢を繰り返し見た。今日の夢は、四角い箱に閉じ込められ、周りが炎に包まれている。木が燃える臭いと、猛烈に熱い。そこで、目が覚めた。そこは、異常に赤い世界だった。パチパチと勢い良く燃えている。武井は、心臓が仮死していたのだ。その間に悪夢を見ていたのだった。今度は、本当に目が覚めた。四角い箱に入れられ、燃やされているところだった。
    「行きずりの殺意」
    寝支度をした梨枝は、玄関の戸締りのため三和土に立った。雨が降ってきたので、何気なくドアを開けると、見知らぬ男がいた。男は、いきなり梨枝を部屋へ押し込んだ。夫は、出張で留守である。大人しくしていれば、手荒なことはしないと言う。男は、二十才前後で若い。雨に濡れ、クツは、ぼろぼろだった。奥の部屋には、三才になる浩一が寝ている。息子の身に危害が加えられたら大変である。金だけ渡して、出て行ってもらうのが一番得策だ。だが、この男は、雨宿りをしていただけだったのだ。いきなり扉が開いたので、思わず部屋へ押し入ってしまったのだ。梨枝に、まだ罪は犯していないと諭され、男は、徐々に梨枝に心を許していく。ところが、その時、インターホンが鳴った。隣家の井沢夫人が、鎮痛薬を借りにきたのだ。男を奥の部屋に入れ、薬を井沢夫人に渡すと、井沢夫人は、誰か来客ですか?と聞くのだ。井沢夫人は、夫が出張中なのを知っている。最後は、残酷な結末になるのだが、この三人の珍問答は、実にユニークでした。
    「喪われた夕日」
    尾川が上京して生家の製紙工場が倒産した。学費も送られなくなり、大学を中退した。そんな中退者にろくな仕事は無い。都会の底辺を転々と流れた。バーやキャバレー、ソープランドは、手っ取り早く金が稼げたので、その身に甘んじた。そんな時、銀座のキャバレーに出勤する途中、清沢玲子と再会した。玲子は、郷里の伝説的なヒロインである。エレガントな仕立てのスーツと都会的な化粧で、見違える様に洗練されていた。喫茶店でお茶を飲んだ。会話は、当然今、何している?と言う事である。それに対して、尾川は、一流大手会社が外資系と提携して発足させた合弁会社の出向準備委員だと、訳の分からない身上を語ったのだ。次に会う約束をして、定期的に会うようになった。だが、何回も会っているうちに、話の辻褄を合わせるために、ウソを重ねなければならなかった。そして、ウソが雪だるまの様に膨れ上がってしまった。それを糊塗するために考えたのが、他人の財産を得ることだった。キャバレーの客で、四国で多角的事業を展開している社長を狙った。大の女好きで、上京する時は、数百万の現金を持って来る。いつも使うホテルは知っているので、キャバレーに来た社長のコートから部屋の鍵を盗み、そのまま、キャバレーを抜け出した。部屋に侵入し、数百万の金を捜す。ところが、社長が、予め呼んでおいた、高級コールガールが部屋へ入って来たのだ。
    「終身不能囚」
    長屋道夫は、主人公に成り代わって危険なシーンを代役するスタントマンである。この日の撮影は、高さ九メートル、幅三メートルの模したビルを飛び越える事だった。常なら三メートルは容易な距離だった。だが、アクションを派手にアピールしようとしたのが悪かった。この日は、落ちてしまった。奇跡的に頭部の損傷は免れたが、腰部を複雑骨折してしまった。正常な歩行が困難になる障害が残った。だが、それだけでなく、夫婦生活も不能になってしまったのだ。妻の規子は、入浴やベッドシーンの時だけ起用される女優だった。たまたま、共演したのが縁で結婚した。長屋は、不能になり、妻を満足させられなくなった事を詫び、規子に別の男を捜すように言った。だが、規子は、夫婦は、セックスだけで結ばれるものでは無いと言い、長屋と別れようとしなかった。そればかりか、働けなくなった長屋の代わりに、自分も働きに出ると言うのだ。女優の稼ぎだけでは、暮らしていけなかった。規子が選んだ仕事は、生命保険の外務員である、規子は、売れなかったが、元、女優であった。それを武器にしたのか、かなり契約を取っていた。脂ぎった中年で、金に余裕のある男たちの興味を惹いたようである。長屋が働かなくても、生活費に困らなかったのだから、多くの給料を取っていたことが、想像できる。長屋も、軽い歩行なら可能なほどに怪我は回復してきた。そんな時、留守番をしている長屋に、警察から電話が来た。それによると、規子がホテルで焼死したと言う。それも、今はやりの、ラブホテルだと言うのだ。セックス無しでも夫婦は続けられると言ったのは、ウソだったのか?長屋は、その疑問を解明することにした。あいにく、歩行が可能になって、初めての外出先が、ラブホテルだとは、考えもしなかった。
    終身不能囚―傑作短編集5 (講談社文庫 も 1-17 傑作短編集 5)Amazon書評・レビュー:終身不能囚―傑作短編集5 (講談社文庫 も 1-17 傑作短編集 5)より
    4061361120
    No.3:
    (5pt)

    表題作「終身不能囚」を含む8編の短編集!

    本書は1975年11月に講談社から初出版されました。表題作の他に「紺碧からの音信」「無能の真実」は秀逸です!
    「紺碧からの音信」
    世田谷の小さな公園に、奇妙な老人がいた。彼は、幾つもの風船を持ってきて、空に放していた。子供たちは、風船爺さんと呼んでいた。戦争で頭がおかしくなったらしい。八雲は、その男が来た事をハッキリ覚えている。零戦隊の隊長、橋本中尉が決定的な知らせを伝えた。父が沖縄の特攻作戦で、見事に成功したという知らせだ。彼は、その様子を語った。それは、戦死したということである。生きて帰ると言ったはずなのに、一瞬、理解出来なかった。終戦後、母と幼い子の生活は、苦しかった。それを親身に面倒みてくれたのが、橋本だった。八雲は、戦争に憧れた訳では無いが、父と同じ様に空を飛んでみたかった。橋本は、終戦後、自衛隊に入り戦闘機の教官をしていた。橋本のお陰で、八雲は、夢が叶った。戦時中、敵艦に向かって飛び立ったものの、怖気づいて逃亡する特攻機があったと言う。それを、敵艦までの護衛機が、命令違反として撃墜していた事を知った。その老人は、零戦で不時着して、近くの漁民に助けられた。味方から射撃されたのだ。その時、頭に異常が起きなければ、約束通り家族のもとへ帰れたのだ。八雲は、父の零戦に、橋本が機銃を撃ち込んだのではないかと疑い始める。
    「虫の土葬」
    上松啓吾は、四十六才。大手電機メーカーの課長補佐である。世界的な景気後退の影響で会社は、下級管理職から希望退職を募った。だが辞められない状態だった。高一の長女と中二の長男がいる。まだまだ、金がいる。会社の見る目が冷たい。会社に居づらくなった。ささやかな退職金をもらい、形ばかりの送別会を開いてくれた。部長や課長は、短い送辞を述べると、そそくさと帰った。中座する者が続いた。座が白けて、それ以上、宴が続かいない。幹事の空しい閉会の辞と共に、皆、散って行った。誰も二次会に誘う者もいなかった。タクシーに乗り、自宅へ向かう途中で尿意を催した。草を繁らせた空き地を見つけ、タクシーを降りた。草原の中に駆け込むと、盛大に放尿した。その時である、足元が地面ごとグラリと崩れた。上松は、落ちた。幸い土が柔らかく、怪我は、無いようだ。だが、そこは、大きな穴だった。落ちた開口部を見ると、一メートルほど穴が開いている。深さは、五メートルくらいある。中は、直径三メートルほどの空間だ。開口部の出口は、岩登りのオーバーハングの様な状態だった。自力で脱出するのは、困難だった。人が助けに来てくれるのが絶望的な状況で、上松は、今までの四十六年間を振り返る時間を与えられた。悲観的な状況で、外の世界を想像すると、今まで気が付かなかった、妻、子、会社の者たちの、上松に対する裏切りが少しずつ分かってくる。
    「孤独の密葬」
    私が、この高層アパートに引っ越して来たのは、完全にプライバシーが保証されているからだ。私の仕事は、翻訳家である。以前の木造老朽アパートは、隣近所の交際が煩かった。自自会があって会合ばかり行う。大して親しくないのに、醤油や砂糖を借りに来る。休日も、突然、部屋に訪れ何時間も雑談していく。私は、迷惑でならなかった。だから、この高層アパートへ引っ越したのだ。翻訳の仕事も忙しく、家賃を賄えるはずだ。ここは、隣近所の付き合いは、全く無い。隔壁が厚いので、隣室に人がいるのも分からない。さぞ、仕事がはかどるだろうと思った。だが、予測もしない事態になった。まず、口をきく機会が無い。口の中にカビが生えそうだ。話し相手が欲しくて、廊下へ出ても、貝の様に閉ざされた鉄の扉が並んでいる。私は、完全なプライバシーを求めて、鉄の箱の様なアパートへ移り、自分を檻の中に閉じ込めてしまったのだ。ある日、間違った封書が送られてきた。宛名は、西山満智子となっていた。前の住居者だろう。暫く、放っておいたが、新聞の社会面に、その名の女性が殺されたという記事が載っていた。私は、封書を開け、手紙を読んだ。そこには、彼女の生前の生々しい素顔が書かれていた。私は、西山満智子さんが、古くからの友人のように思えてきた。私は、犯人を捜し出さなければと決心した。前のアパートの住人が、他の住人のことを干渉したように。
    「無能の真実」
    井関道子が寺田大助と結婚したのは、別の男との失恋を癒すためだった。だが、寺田は、ダメな男だった。無責任で無能なのだ。勤めても勤まらないか、自分から辞めてしまう。人間として重要なパーツが欠けているのだ。ところが、どんなきっかけか分からないが、郵便物の臨時配達夫の仕事を始めた。大事な物を配達するのだから、心配でならない。現金書留も配達する。いつ、投げ出すか分からない。だが、この仕事は、一生懸命やっているようであった。安心したのも束の間、押入れの中に配達物が隠されていた。その配達物は、道子も手伝い、夜遅くまでかけて配達した。そんな時、以前別れた恋愛相手から、もう一度やり直したいと申し入れがあった。すでに既婚であるのを承知で言っている。今更、遅すぎたが、元はと言えば、好きだった男である。その男が、再び目の前に現れると、寺田の無能さに対する嫌悪がさらに増幅した。無能、無責任と詰られた寺田だったが、難病で苦しむ少年にせっせと郵便(少年の好きな本)を配達していた事は、その少年が亡くなってしまったので、誰にも知られなかった。
    「無限暗界」
    武井公一は、先天的に心臓が弱い。心房中隔欠損症という欠陥を抱えていた。いつ、突発的な心筋梗塞、心不全といった重症が起きても不思議では無かった。だから、常に仕事でも、遊びでも身体を庇っていた。最近になって、変な夢を見るようになった。バスの扉に子供の手が挟まって取れなくなっている。運転手が来て、刃物で手首を切り落して、良かったと言って、平然と運転を再開する。歩行者が目の前で、車に撥ねられた。数メートル飛ばされ死亡した。だが、次に来た車の運転手は、こんなところに死体が有っては邪魔だ、と言い、死体をズルズル引きずり、道端に寄せ、再び車を運転して去って行った。そう言ったグロテスクな夢を繰り返し見た。今日の夢は、四角い箱に閉じ込められ、周りが炎に包まれている。木が燃える臭いと、猛烈に熱い。そこで、目が覚めた。そこは、異常に赤い世界だった。パチパチと勢い良く燃えている。武井は、心臓が仮死していたのだ。その間に悪夢を見ていたのだった。今度は、本当に目が覚めた。四角い箱に入れられ、燃やされているところだった。
    「行きずりの殺意」
    寝支度をした梨枝は、玄関の戸締りのため三和土に立った。雨が降ってきたので、何気なくドアを開けると、見知らぬ男がいた。男は、いきなり梨枝を部屋へ押し込んだ。夫は、出張で留守である。大人しくしていれば、手荒なことはしないと言う。男は、二十才前後で若い。雨に濡れ、クツは、ぼろぼろだった。奥の部屋には、三才になる浩一が寝ている。息子の身に危害が加えられたら大変である。金だけ渡して、出て行ってもらうのが一番得策だ。だが、この男は、雨宿りをしていただけだったのだ。いきなり扉が開いたので、思わず部屋へ押し入ってしまったのだ。梨枝に、まだ罪は犯していないと諭され、男は、徐々に梨枝に心を許していく。ところが、その時、インターホンが鳴った。隣家の井沢夫人が、鎮痛薬を借りにきたのだ。男を奥の部屋に入れ、薬を井沢夫人に渡すと、井沢夫人は、誰か来客ですか?と聞くのだ。井沢夫人は、夫が出張中なのを知っている。最後は、残酷な結末になるのだが、この三人の珍問答は、実にユニークでした。
    「喪われた夕日」
    尾川が上京して生家の製紙工場が倒産した。学費も送られなくなり、大学を中退した。そんな中退者にろくな仕事は無い。都会の底辺を転々と流れた。バーやキャバレー、ソープランドは、手っ取り早く金が稼げたので、その身に甘んじた。そんな時、銀座のキャバレーに出勤する途中、清沢玲子と再会した。玲子は、郷里の伝説的なヒロインである。エレガントな仕立てのスーツと都会的な化粧で、見違える様に洗練されていた。喫茶店でお茶を飲んだ。会話は、当然今、何している?と言う事である。それに対して、尾川は、一流大手会社が外資系と提携して発足させた合弁会社の出向準備委員だと、訳の分からない身上を語ったのだ。次に会う約束をして、定期的に会うようになった。だが、何回も会っているうちに、話の辻褄を合わせるために、ウソを重ねなければならなかった。そして、ウソが雪だるまの様に膨れ上がってしまった。それを糊塗するために考えたのが、他人の財産を得ることだった。キャバレーの客で、四国で多角的事業を展開している社長を狙った。大の女好きで、上京する時は、数百万の現金を持って来る。いつも使うホテルは知っているので、キャバレーに来た社長のコートから部屋の鍵を盗み、そのまま、キャバレーを抜け出した。部屋に侵入し、数百万の金を捜す。ところが、社長が、予め呼んでおいた、高級コールガールが部屋へ入って来たのだ。
    「終身不能囚」
    長屋道夫は、主人公に成り代わって危険なシーンを代役するスタントマンである。この日の撮影は、高さ九メートル、幅三メートルの模したビルを飛び越える事だった。常なら三メートルは容易な距離だった。だが、アクションを派手にアピールしようとしたのが悪かった。この日は、落ちてしまった。奇跡的に頭部の損傷は免れたが、腰部を複雑骨折してしまった。正常な歩行が困難になる障害が残った。だが、それだけでなく、夫婦生活も不能になってしまったのだ。妻の規子は、入浴やベッドシーンの時だけ起用される女優だった。たまたま、共演したのが縁で結婚した。長屋は、不能になり、妻を満足させられなくなった事を詫び、規子に別の男を捜すように言った。だが、規子は、夫婦は、セックスだけで結ばれるものでは無いと言い、長屋と別れようとしなかった。そればかりか、働けなくなった長屋の代わりに、自分も働きに出ると言うのだ。女優の稼ぎだけでは、暮らしていけなかった。規子が選んだ仕事は、生命保険の外務員である、規子は、売れなかったが、元、女優であった。それを武器にしたのか、かなり契約を取っていた。脂ぎった中年で、金に余裕のある男たちの興味を惹いたようである。長屋が働かなくても、生活費に困らなかったのだから、多くの給料を取っていたことが、想像できる。長屋も、軽い歩行なら可能なほどに怪我は回復してきた。そんな時、留守番をしている長屋に、警察から電話が来た。それによると、規子がホテルで焼死したと言う。それも、今はやりの、ラブホテルだと言うのだ。セックス無しでも夫婦は続けられると言ったのは、ウソだったのか?長屋は、その疑問を解明することにした。あいにく、歩行が可能になって、初めての外出先が、ラブホテルだとは、考えもしなかった。
    終身不能囚―傑作短編集5 (1978年) (講談社文庫)Amazon書評・レビュー:終身不能囚―傑作短編集5 (1978年) (講談社文庫)より
    B000J8MLVY
    No.2:
    (5pt)

    表題作「終身不能囚」を含む8編の短編集!

    本書は1975年11月に講談社から初出版されました。表題作の他に「紺碧からの音信」「無能の真実」は秀逸です!
    「紺碧からの音信」
    世田谷の小さな公園に、奇妙な老人がいた。彼は、幾つもの風船を持ってきて、空に放していた。子供たちは、風船爺さんと呼んでいた。戦争で頭がおかしくなったらしい。八雲は、その男が来た事をハッキリ覚えている。零戦隊の隊長、橋本中尉が決定的な知らせを伝えた。父が沖縄の特攻作戦で、見事に成功したという知らせだ。彼は、その様子を語った。それは、戦死したということである。生きて帰ると言ったはずなのに、一瞬、理解出来なかった。終戦後、母と幼い子の生活は、苦しかった。それを親身に面倒みてくれたのが、橋本だった。八雲は、戦争に憧れた訳では無いが、父と同じ様に空を飛んでみたかった。橋本は、終戦後、自衛隊に入り戦闘機の教官をしていた。橋本のお陰で、八雲は、夢が叶った。戦時中、敵艦に向かって飛び立ったものの、怖気づいて逃亡する特攻機があったと言う。それを、敵艦までの護衛機が、命令違反として撃墜していた事を知った。その老人は、零戦で不時着して、近くの漁民に助けられた。味方から射撃されたのだ。その時、頭に異常が起きなければ、約束通り家族のもとへ帰れたのだ。八雲は、父の零戦に、橋本が機銃を撃ち込んだのではないかと疑い始める。
    「虫の土葬」
    上松啓吾は、四十六才。大手電機メーカーの課長補佐である。世界的な景気後退の影響で会社は、下級管理職から希望退職を募った。だが辞められない状態だった。高一の長女と中二の長男がいる。まだまだ、金がいる。会社の見る目が冷たい。会社に居づらくなった。ささやかな退職金をもらい、形ばかりの送別会を開いてくれた。部長や課長は、短い送辞を述べると、そそくさと帰った。中座する者が続いた。座が白けて、それ以上、宴が続かいない。幹事の空しい閉会の辞と共に、皆、散って行った。誰も二次会に誘う者もいなかった。タクシーに乗り、自宅へ向かう途中で尿意を催した。草を繁らせた空き地を見つけ、タクシーを降りた。草原の中に駆け込むと、盛大に放尿した。その時である、足元が地面ごとグラリと崩れた。上松は、落ちた。幸い土が柔らかく、怪我は、無いようだ。だが、そこは、大きな穴だった。落ちた開口部を見ると、一メートルほど穴が開いている。深さは、五メートルくらいある。中は、直径三メートルほどの空間だ。開口部の出口は、岩登りのオーバーハングの様な状態だった。自力で脱出するのは、困難だった。人が助けに来てくれるのが絶望的な状況で、上松は、今までの四十六年間を振り返る時間を与えられた。悲観的な状況で、外の世界を想像すると、今まで気が付かなかった、妻、子、会社の者たちの、上松に対する裏切りが少しずつ分かってくる。
    「孤独の密葬」
    私が、この高層アパートに引っ越して来たのは、完全にプライバシーが保証されているからだ。私の仕事は、翻訳家である。以前の木造老朽アパートは、隣近所の交際が煩かった。自自会があって会合ばかり行う。大して親しくないのに、醤油や砂糖を借りに来る。休日も、突然、部屋に訪れ何時間も雑談していく。私は、迷惑でならなかった。だから、この高層アパートへ引っ越したのだ。翻訳の仕事も忙しく、家賃を賄えるはずだ。ここは、隣近所の付き合いは、全く無い。隔壁が厚いので、隣室に人がいるのも分からない。さぞ、仕事がはかどるだろうと思った。だが、予測もしない事態になった。まず、口をきく機会が無い。口の中にカビが生えそうだ。話し相手が欲しくて、廊下へ出ても、貝の様に閉ざされた鉄の扉が並んでいる。私は、完全なプライバシーを求めて、鉄の箱の様なアパートへ移り、自分を檻の中に閉じ込めてしまったのだ。ある日、間違った封書が送られてきた。宛名は、西山満智子となっていた。前の住居者だろう。暫く、放っておいたが、新聞の社会面に、その名の女性が殺されたという記事が載っていた。私は、封書を開け、手紙を読んだ。そこには、彼女の生前の生々しい素顔が書かれていた。私は、西山満智子さんが、古くからの友人のように思えてきた。私は、犯人を捜し出さなければと決心した。前のアパートの住人が、他の住人のことを干渉したように。
    「無能の真実」
    井関道子が寺田大助と結婚したのは、別の男との失恋を癒すためだった。だが、寺田は、ダメな男だった。無責任で無能なのだ。勤めても勤まらないか、自分から辞めてしまう。人間として重要なパーツが欠けているのだ。ところが、どんなきっかけか分からないが、郵便物の臨時配達夫の仕事を始めた。大事な物を配達するのだから、心配でならない。現金書留も配達する。いつ、投げ出すか分からない。だが、この仕事は、一生懸命やっているようであった。安心したのも束の間、押入れの中に配達物が隠されていた。その配達物は、道子も手伝い、夜遅くまでかけて配達した。そんな時、以前別れた恋愛相手から、もう一度やり直したいと申し入れがあった。すでに既婚であるのを承知で言っている。今更、遅すぎたが、元はと言えば、好きだった男である。その男が、再び目の前に現れると、寺田の無能さに対する嫌悪がさらに増幅した。無能、無責任と詰られた寺田だったが、難病で苦しむ少年にせっせと郵便(少年の好きな本)を配達していた事は、その少年が亡くなってしまったので、誰にも知られなかった。
    「無限暗界」
    武井公一は、先天的に心臓が弱い。心房中隔欠損症という欠陥を抱えていた。いつ、突発的な心筋梗塞、心不全といった重症が起きても不思議では無かった。だから、常に仕事でも、遊びでも身体を庇っていた。最近になって、変な夢を見るようになった。バスの扉に子供の手が挟まって取れなくなっている。運転手が来て、刃物で手首を切り落して、良かったと言って、平然と運転を再開する。歩行者が目の前で、車に撥ねられた。数メートル飛ばされ死亡した。だが、次に来た車の運転手は、こんなところに死体が有っては邪魔だ、と言い、死体をズルズル引きずり、道端に寄せ、再び車を運転して去って行った。そう言ったグロテスクな夢を繰り返し見た。今日の夢は、四角い箱に閉じ込められ、周りが炎に包まれている。木が燃える臭いと、猛烈に熱い。そこで、目が覚めた。そこは、異常に赤い世界だった。パチパチと勢い良く燃えている。武井は、心臓が仮死していたのだ。その間に悪夢を見ていたのだった。今度は、本当に目が覚めた。四角い箱に入れられ、燃やされているところだった。
    「行きずりの殺意」
    寝支度をした梨枝は、玄関の戸締りのため三和土に立った。雨が降ってきたので、何気なくドアを開けると、見知らぬ男がいた。男は、いきなり梨枝を部屋へ押し込んだ。夫は、出張で留守である。大人しくしていれば、手荒なことはしないと言う。男は、二十才前後で若い。雨に濡れ、クツは、ぼろぼろだった。奥の部屋には、三才になる浩一が寝ている。息子の身に危害が加えられたら大変である。金だけ渡して、出て行ってもらうのが一番得策だ。だが、この男は、雨宿りをしていただけだったのだ。いきなり扉が開いたので、思わず部屋へ押し入ってしまったのだ。梨枝に、まだ罪は犯していないと諭され、男は、徐々に梨枝に心を許していく。ところが、その時、インターホンが鳴った。隣家の井沢夫人が、鎮痛薬を借りにきたのだ。男を奥の部屋に入れ、薬を井沢夫人に渡すと、井沢夫人は、誰か来客ですか?と聞くのだ。井沢夫人は、夫が出張中なのを知っている。最後は、残酷な結末になるのだが、この三人の珍問答は、実にユニークでした。
    「喪われた夕日」
    尾川が上京して生家の製紙工場が倒産した。学費も送られなくなり、大学を中退した。そんな中退者にろくな仕事は無い。都会の底辺を転々と流れた。バーやキャバレー、ソープランドは、手っ取り早く金が稼げたので、その身に甘んじた。そんな時、銀座のキャバレーに出勤する途中、清沢玲子と再会した。玲子は、郷里の伝説的なヒロインである。エレガントな仕立てのスーツと都会的な化粧で、見違える様に洗練されていた。喫茶店でお茶を飲んだ。会話は、当然今、何している?と言う事である。それに対して、尾川は、一流大手会社が外資系と提携して発足させた合弁会社の出向準備委員だと、訳の分からない身上を語ったのだ。次に会う約束をして、定期的に会うようになった。だが、何回も会っているうちに、話の辻褄を合わせるために、ウソを重ねなければならなかった。そして、ウソが雪だるまの様に膨れ上がってしまった。それを糊塗するために考えたのが、他人の財産を得ることだった。キャバレーの客で、四国で多角的事業を展開している社長を狙った。大の女好きで、上京する時は、数百万の現金を持って来る。いつも使うホテルは知っているので、キャバレーに来た社長のコートから部屋の鍵を盗み、そのまま、キャバレーを抜け出した。部屋に侵入し、数百万の金を捜す。ところが、社長が、予め呼んでおいた、高級コールガールが部屋へ入って来たのだ。
    「終身不能囚」
    長屋道夫は、主人公に成り代わって危険なシーンを代役するスタントマンである。この日の撮影は、高さ九メートル、幅三メートルの模したビルを飛び越える事だった。常なら三メートルは容易な距離だった。だが、アクションを派手にアピールしようとしたのが悪かった。この日は、落ちてしまった。奇跡的に頭部の損傷は免れたが、腰部を複雑骨折してしまった。正常な歩行が困難になる障害が残った。だが、それだけでなく、夫婦生活も不能になってしまったのだ。妻の規子は、入浴やベッドシーンの時だけ起用される女優だった。たまたま、共演したのが縁で結婚した。長屋は、不能になり、妻を満足させられなくなった事を詫び、規子に別の男を捜すように言った。だが、規子は、夫婦は、セックスだけで結ばれるものでは無いと言い、長屋と別れようとしなかった。そればかりか、働けなくなった長屋の代わりに、自分も働きに出ると言うのだ。女優の稼ぎだけでは、暮らしていけなかった。規子が選んだ仕事は、生命保険の外務員である、規子は、売れなかったが、元、女優であった。それを武器にしたのか、かなり契約を取っていた。脂ぎった中年で、金に余裕のある男たちの興味を惹いたようである。長屋が働かなくても、生活費に困らなかったのだから、多くの給料を取っていたことが、想像できる。長屋も、軽い歩行なら可能なほどに怪我は回復してきた。そんな時、留守番をしている長屋に、警察から電話が来た。それによると、規子がホテルで焼死したと言う。それも、今はやりの、ラブホテルだと言うのだ。セックス無しでも夫婦は続けられると言ったのは、ウソだったのか?長屋は、その疑問を解明することにした。あいにく、歩行が可能になって、初めての外出先が、ラブホテルだとは、考えもしなかった。
    終身不能囚 (1977年) (Roman books)Amazon書評・レビュー:終身不能囚 (1977年) (Roman books)より
    B000J8UKSU
    No.1:
    (5pt)

    表題作「終身不能囚」を含む8編の短編集!

    本書は1975年11月に講談社から初出版されました。表題作の他に「紺碧からの音信」「無能の真実」は秀逸です!
    「紺碧からの音信」
    世田谷の小さな公園に、奇妙な老人がいた。彼は、幾つもの風船を持ってきて、空に放していた。子供たちは、風船爺さんと呼んでいた。戦争で頭がおかしくなったらしい。八雲は、その男が来た事をハッキリ覚えている。零戦隊の隊長、橋本中尉が決定的な知らせを伝えた。父が沖縄の特攻作戦で、見事に成功したという知らせだ。彼は、その様子を語った。それは、戦死したということである。生きて帰ると言ったはずなのに、一瞬、理解出来なかった。終戦後、母と幼い子の生活は、苦しかった。それを親身に面倒みてくれたのが、橋本だった。八雲は、戦争に憧れた訳では無いが、父と同じ様に空を飛んでみたかった。橋本は、終戦後、自衛隊に入り戦闘機の教官をしていた。橋本のお陰で、八雲は、夢が叶った。戦時中、敵艦に向かって飛び立ったものの、怖気づいて逃亡する特攻機があったと言う。それを、敵艦までの護衛機が、命令違反として撃墜していた事を知った。その老人は、零戦で不時着して、近くの漁民に助けられた。味方から射撃されたのだ。その時、頭に異常が起きなければ、約束通り家族のもとへ帰れたのだ。八雲は、父の零戦に、橋本が機銃を撃ち込んだのではないかと疑い始める。
    「虫の土葬」
    上松啓吾は、四十六才。大手電機メーカーの課長補佐である。世界的な景気後退の影響で会社は、下級管理職から希望退職を募った。だが辞められない状態だった。高一の長女と中二の長男がいる。まだまだ、金がいる。会社の見る目が冷たい。会社に居づらくなった。ささやかな退職金をもらい、形ばかりの送別会を開いてくれた。部長や課長は、短い送辞を述べると、そそくさと帰った。中座する者が続いた。座が白けて、それ以上、宴が続かいない。幹事の空しい閉会の辞と共に、皆、散って行った。誰も二次会に誘う者もいなかった。タクシーに乗り、自宅へ向かう途中で尿意を催した。草を繁らせた空き地を見つけ、タクシーを降りた。草原の中に駆け込むと、盛大に放尿した。その時である、足元が地面ごとグラリと崩れた。上松は、落ちた。幸い土が柔らかく、怪我は、無いようだ。だが、そこは、大きな穴だった。落ちた開口部を見ると、一メートルほど穴が開いている。深さは、五メートルくらいある。中は、直径三メートルほどの空間だ。開口部の出口は、岩登りのオーバーハングの様な状態だった。自力で脱出するのは、困難だった。人が助けに来てくれるのが絶望的な状況で、上松は、今までの四十六年間を振り返る時間を与えられた。悲観的な状況で、外の世界を想像すると、今まで気が付かなかった、妻、子、会社の者たちの、上松に対する裏切りが少しずつ分かってくる。
    「孤独の密葬」
    私が、この高層アパートに引っ越して来たのは、完全にプライバシーが保証されているからだ。私の仕事は、翻訳家である。以前の木造老朽アパートは、隣近所の交際が煩かった。自自会があって会合ばかり行う。大して親しくないのに、醤油や砂糖を借りに来る。休日も、突然、部屋に訪れ何時間も雑談していく。私は、迷惑でならなかった。だから、この高層アパートへ引っ越したのだ。翻訳の仕事も忙しく、家賃を賄えるはずだ。ここは、隣近所の付き合いは、全く無い。隔壁が厚いので、隣室に人がいるのも分からない。さぞ、仕事がはかどるだろうと思った。だが、予測もしない事態になった。まず、口をきく機会が無い。口の中にカビが生えそうだ。話し相手が欲しくて、廊下へ出ても、貝の様に閉ざされた鉄の扉が並んでいる。私は、完全なプライバシーを求めて、鉄の箱の様なアパートへ移り、自分を檻の中に閉じ込めてしまったのだ。ある日、間違った封書が送られてきた。宛名は、西山満智子となっていた。前の住居者だろう。暫く、放っておいたが、新聞の社会面に、その名の女性が殺されたという記事が載っていた。私は、封書を開け、手紙を読んだ。そこには、彼女の生前の生々しい素顔が書かれていた。私は、西山満智子さんが、古くからの友人のように思えてきた。私は、犯人を捜し出さなければと決心した。前のアパートの住人が、他の住人のことを干渉したように。
    「無能の真実」
    井関道子が寺田大助と結婚したのは、別の男との失恋を癒すためだった。だが、寺田は、ダメな男だった。無責任で無能なのだ。勤めても勤まらないか、自分から辞めてしまう。人間として重要なパーツが欠けているのだ。ところが、どんなきっかけか分からないが、郵便物の臨時配達夫の仕事を始めた。大事な物を配達するのだから、心配でならない。現金書留も配達する。いつ、投げ出すか分からない。だが、この仕事は、一生懸命やっているようであった。安心したのも束の間、押入れの中に配達物が隠されていた。その配達物は、道子も手伝い、夜遅くまでかけて配達した。そんな時、以前別れた恋愛相手から、もう一度やり直したいと申し入れがあった。すでに既婚であるのを承知で言っている。今更、遅すぎたが、元はと言えば、好きだった男である。その男が、再び目の前に現れると、寺田の無能さに対する嫌悪がさらに増幅した。無能、無責任と詰られた寺田だったが、難病で苦しむ少年にせっせと郵便(少年の好きな本)を配達していた事は、その少年が亡くなってしまったので、誰にも知られなかった。
    「無限暗界」
    武井公一は、先天的に心臓が弱い。心房中隔欠損症という欠陥を抱えていた。いつ、突発的な心筋梗塞、心不全といった重症が起きても不思議では無かった。だから、常に仕事でも、遊びでも身体を庇っていた。最近になって、変な夢を見るようになった。バスの扉に子供の手が挟まって取れなくなっている。運転手が来て、刃物で手首を切り落して、良かったと言って、平然と運転を再開する。歩行者が目の前で、車に撥ねられた。数メートル飛ばされ死亡した。だが、次に来た車の運転手は、こんなところに死体が有っては邪魔だ、と言い、死体をズルズル引きずり、道端に寄せ、再び車を運転して去って行った。そう言ったグロテスクな夢を繰り返し見た。今日の夢は、四角い箱に閉じ込められ、周りが炎に包まれている。木が燃える臭いと、猛烈に熱い。そこで、目が覚めた。そこは、異常に赤い世界だった。パチパチと勢い良く燃えている。武井は、心臓が仮死していたのだ。その間に悪夢を見ていたのだった。今度は、本当に目が覚めた。四角い箱に入れられ、燃やされているところだった。
    「行きずりの殺意」
    寝支度をした梨枝は、玄関の戸締りのため三和土に立った。雨が降ってきたので、何気なくドアを開けると、見知らぬ男がいた。男は、いきなり梨枝を部屋へ押し込んだ。夫は、出張で留守である。大人しくしていれば、手荒なことはしないと言う。男は、二十才前後で若い。雨に濡れ、クツは、ぼろぼろだった。奥の部屋には、三才になる浩一が寝ている。息子の身に危害が加えられたら大変である。金だけ渡して、出て行ってもらうのが一番得策だ。だが、この男は、雨宿りをしていただけだったのだ。いきなり扉が開いたので、思わず部屋へ押し入ってしまったのだ。梨枝に、まだ罪は犯していないと諭され、男は、徐々に梨枝に心を許していく。ところが、その時、インターホンが鳴った。隣家の井沢夫人が、鎮痛薬を借りにきたのだ。男を奥の部屋に入れ、薬を井沢夫人に渡すと、井沢夫人は、誰か来客ですか?と聞くのだ。井沢夫人は、夫が出張中なのを知っている。最後は、残酷な結末になるのだが、この三人の珍問答は、実にユニークでした。
    「喪われた夕日」
    尾川が上京して生家の製紙工場が倒産した。学費も送られなくなり、大学を中退した。そんな中退者にろくな仕事は無い。都会の底辺を転々と流れた。バーやキャバレー、ソープランドは、手っ取り早く金が稼げたので、その身に甘んじた。そんな時、銀座のキャバレーに出勤する途中、清沢玲子と再会した。玲子は、郷里の伝説的なヒロインである。エレガントな仕立てのスーツと都会的な化粧で、見違える様に洗練されていた。喫茶店でお茶を飲んだ。会話は、当然今、何している?と言う事である。それに対して、尾川は、一流大手会社が外資系と提携して発足させた合弁会社の出向準備委員だと、訳の分からない身上を語ったのだ。次に会う約束をして、定期的に会うようになった。だが、何回も会っているうちに、話の辻褄を合わせるために、ウソを重ねなければならなかった。そして、ウソが雪だるまの様に膨れ上がってしまった。それを糊塗するために考えたのが、他人の財産を得ることだった。キャバレーの客で、四国で多角的事業を展開している社長を狙った。大の女好きで、上京する時は、数百万の現金を持って来る。いつも使うホテルは知っているので、キャバレーに来た社長のコートから部屋の鍵を盗み、そのまま、キャバレーを抜け出した。部屋に侵入し、数百万の金を捜す。ところが、社長が、予め呼んでおいた、高級コールガールが部屋へ入って来たのだ。
    「終身不能囚」
    長屋道夫は、主人公に成り代わって危険なシーンを代役するスタントマンである。この日の撮影は、高さ九メートル、幅三メートルの模したビルを飛び越える事だった。常なら三メートルは容易な距離だった。だが、アクションを派手にアピールしようとしたのが悪かった。この日は、落ちてしまった。奇跡的に頭部の損傷は免れたが、腰部を複雑骨折してしまった。正常な歩行が困難になる障害が残った。だが、それだけでなく、夫婦生活も不能になってしまったのだ。妻の規子は、入浴やベッドシーンの時だけ起用される女優だった。たまたま、共演したのが縁で結婚した。長屋は、不能になり、妻を満足させられなくなった事を詫び、規子に別の男を捜すように言った。だが、規子は、夫婦は、セックスだけで結ばれるものでは無いと言い、長屋と別れようとしなかった。そればかりか、働けなくなった長屋の代わりに、自分も働きに出ると言うのだ。女優の稼ぎだけでは、暮らしていけなかった。規子が選んだ仕事は、生命保険の外務員である、規子は、売れなかったが、元、女優であった。それを武器にしたのか、かなり契約を取っていた。脂ぎった中年で、金に余裕のある男たちの興味を惹いたようである。長屋が働かなくても、生活費に困らなかったのだから、多くの給料を取っていたことが、想像できる。長屋も、軽い歩行なら可能なほどに怪我は回復してきた。そんな時、留守番をしている長屋に、警察から電話が来た。それによると、規子がホテルで焼死したと言う。それも、今はやりの、ラブホテルだと言うのだ。セックス無しでも夫婦は続けられると言ったのは、ウソだったのか?長屋は、その疑問を解明することにした。あいにく、歩行が可能になって、初めての外出先が、ラブホテルだとは、考えもしなかった。
    終身不能囚 (1975年)Amazon書評・レビュー:終身不能囚 (1975年)より
    B000J95N18



    その他、Amazon書評・レビューが 5件あります。
    Amazon書評・レビューを見る     


    スポンサードリンク