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翠雨の人
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翠雨の人の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点5.00pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全7件 1~7 1/1ページ
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女性科学者猿橋勝子の生涯を描いた小説。科学を信頼し自らの信念に徹することで世界が変わり人々を変えていく。感動の長編小説。 | ||||
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放射性物質微量分析大家・猿橋賞の猿橋勝子の反骨人生が生涯わたって良く描かれている。 | ||||
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科学者必読だと思う 科学者じゃなくても伝記としても読み応えあり 戦後80年いまだに紛争が絶えない今だからこそ読んで欲しい | ||||
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一、あれこれ ◯『翠雨の人』(すいうのひと)は、ずっと雑誌『波』に連載されていたのだが、面白い小説であることに気付いて毎号読み始めたのは、終戦前のあたりからだった。 その後、アメリカでの海水セシウム濃度分析対決4回勝負で大変盛り上がったのだが、その勝負後の2024年1月号第24回で、突然に連載完結終了してしまった。 ◯『波』のバックナンバーを探して初めの方も読んだが、紛失した号もあり、全部は読めなかった。単行本が早く出ないかと、近刊予告を待っていたが、短編集『藍を継ぐ海』のほうが先に出版され、直木賞まで獲ってしまった。おめでとうございます。 それで、ようやく本書が出版された。 ニ、私的感想 ◯前半が戦前戦中で、後半が戦後、どちらも楽しく読めた。 ◯男性作家が書いた猿橋勝子博士の伝記小説で、偉大な女性科学者として描きながらも、面倒くさい人という視点も取り入れているのが興味深い。 ◯科学技術小説としては、分析、実験の手順等が、素人である読者にもわかりやすく、面白く書かれている。 ◯4つの章の題が4文字で揃っていて、並べると正方形になるのも、幾何学的で楽しい。 ◯連載時は第23回の勝子アメリカ道場破り成功で終わってしまい、その後の生涯が第24回でまとめられてしまうのが不自然に思えたのだが、単行本になってみると、これは伝記でなく伝記小説なのだから、小説としての猿橋博士の人生のハイライトで終わるのは当然かな、と思った。 三、連載との比較 ◯連載では浅野隆広氏のすてきなイラストが毎号1頁分載っていたのだが、本書ではカバー絵以外は省かれてしまった。ちょっと残念。 ◯全部は確認できないが、第2回から第4回まで、連載と本書を比較して読んでみた。ストーリーの修正はないが、細かな加筆修正はなされている。吉岡彌生の要職が「政府の委員や公的な団体の要職」から「日本医師協会評議員や全国女子教育者同盟会長」と具体的になっている。父の吸う「金鵄」について、「ゴールデンバットの改称」という時代背景説明が付く。地の文で父、兄が多かったが、邦治、英一が多くなるように直されている。勝子が母親に「わたし、十八にもなっていない」と講義するところが「十七」に直されている。 目立つのは、本書の重要登場人物となる四歳年下の女子理専同級生典子について、「かつ姉」と「のんちゃん」と呼び合う仲であることが加筆されていること。 東京女子医専の面談で、あこがれの吉岡彌生が放ったひどい言葉に勝子が絶望してしまう場面は、勝子の人生の分岐点ともいえる重要な場面で、勝子自身が自伝に書いていて、連載でも勝子の心理変化を掘り下げているが、本書では加筆訂正で、さらに掘り下げている。 四、3冊の伝記(自伝含む)との比較 ◯本書の主要参考文献には、冒頭から、米沢富美子『猿橋勝子という生き方』(猿橋賞受賞の女性科学者による伝記、2009年)、猿橋勝子『学ぶことと生きること』(自伝、1983年)、猿橋勝子『女性として科学者として』(自伝的内容を含むエッセイ集、初版は1981年)の3冊が並んでいる。 本書のあとがきには、米沢富美子『猿橋勝子という生き方』がなければ、本書は生み出し得なかったという謝辞が載る。『猿橋勝子という生き方』には、猿橋勝子『学ぶことと生きること』が多く参照引用されている。 ◯猿橋勝子で2つの自伝で、女性科学研究者が受けている不平等について分析し、抗議し、改革を訴え、後進を励ましているが、猿橋自身は研究者になったときから、三宅泰雄という男女平等主義者の指導者のもとで、男性と全く対等の立場で研究を続けることができ、結婚しなかったので、妊娠育児支援体制の不備という問題が、研究者人生の障害となることはなかった。 ◯だから、『猿橋勝子という生き方』でも、本書でも、女性科学研究者の先駆としての猿橋の前に立ちふさがるのは社会構造的女性差別ではなく、戦争であり、物珍しい女性研究者への視線であり、その女性研究者が帝国女子理専という新興の私立学校出身であることの侮蔑の眼であった。勝子はそれを乗り越えようとひたすら実験と研究に取り組んでいく。 ◯3冊の伝記(自伝含む)と異なる本書の特色は、第三章になって、地球化学研究室に移動してきた9歳年下の奈良岡隆文というちょっとお茶目な男性研究者を登場させ、奈良岡のちょっとコミカルなセリフで読者をリラックスさせ、奈良岡の視線で「面倒くさい人」(生真面目で、基本に厳しく、妥協せず、へこたれず、めちゃくちゃパワフルで、部下にも厳しい上司のことだろう。面倒くさい女性ではない)である勝子像を描いていくところにあると思う。 四、本書の重要登場人物で、3冊の伝記(自伝含む)には登場しない人。 ◯本書のあとがきには「一部架空の出来事や人物が含まれています」と書かれている。 つまり、大部分は実名で登場するが、一部架空の人物も実在者風に描かれているということのようである。 それで、3冊の伝記自伝に出てくる人は実在したと考えてよいだろう。 ◯第六高女時代の親友二人峯崎佳子(のちに久保佳子)、横山経子(のちに鳥山経子)は自伝にも伝記にも登場し、間違いなく実在している。 ◯問題は、女子理専時代の4歳年下の同級生で、勝子を「かつ姉」と呼び、かつ子は「のんちゃん」と呼ぶ、教練嫌いの倉本典子が実在の人物かどうかで、卒業前に理専を辞めて三菱重工の社員と結婚して、横浜から広島に転勤する夫についていき、広島で被爆して原爆症になってしまうが、夫の希望で妊娠出産し、子供を育てていくという設定になっている。 ◯さらに気になるのが勝子の部下の奈良岡隆文である。奈良岡は後半で登場するだけでなく、序章で勝子の墓に詣でて勝子を回想し、終章ではその奈良岡の孫が死んだ奈良岡を回想するという重要な役割を演じている。 奈良岡の履歴は、勝子との共著の論文がいくつかあり、勝子が部長になった時に室長となり(当然勝子退官後は部長か)、60歳で定年退職である。終章の時点で、去年亡くなっている。 しかし、3冊の伝記には奈良岡隆文は登場せず、ネットにも何の情報もなく、国立国会図書館をネットで検索しても何も引っかかってこない。 米沢登美子氏も伊与原新も、猿橋勝子の後輩の気象研究所部長(伊与原の時は元部長)の某氏に取材しているが、名前は当然奈良岡ではなく、年齢的にも、奈良岡は1929年の生まれのはずで・・。 | ||||
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猿橋勝子さんという女性の科学者がいらっしゃったことは知っていましたが、戦中、戦後の大変な時期に使命感を持って生きてきたことがわかりました。ビキニ諸島でなされていた水爆実験が日本にも影響があり、「子供の頃に雨には放射能があるから当たらないように」と大人達に言われていたことを思い出しました。 | ||||
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少し初発売日より遅れて届くけど、それでも新品で届けば良いと思った。 | ||||
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「猿橋賞」の創設者であり、戦後、国際舞台で活躍した猿橋勝子の生涯の物語。 中学入試に出題される可能性があると思い購入しました。 本書に描かれている猿橋勝子は、紫陽花と雨を好む、心優しい女の子として登場します。その繊細で穏やかな性格は、家族、恩師、友人への深い想いの中に丁寧に描かれていて、心を打たれました。 迷いながらも、科学の道を邁進する姿からは、人間としての成長や苦悩、そして挑戦の物語が伝わってきました。 日本の科学史と女性の社会進出を描いた壮大な物語です。 巻末に掲載された膨大な文献リストからも、この本がいかに丁寧に取材され、構成されたかが伝わってきます。そして、美しい装画が、物語の世界観をより深く印象づけています。 猿橋勝子という女性科学者の足跡をたどることで、私たちは「科学に生きるとはどういうことか」、そして「人として信念を持って生きるとはどういうことか」を静かに問いかけられているような気がしました。 | ||||
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