かあちゃん

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評判

かあちゃんの評価:

4.50/5点 レビュー 24件。 B ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.50pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全31件 21〜31 2/2ページ
No.11
(5pt)

良かったです

久しぶりに重松氏の作品を読みましたが、一挙に読み上げました。
そんなつもりはないのに、所々で思わず涙。
そもそも、軽い気持ちでちょっと立ち読み……と思っていたら、一話目の途中で涙ぐみ、店頭なのであわててしまいました。で、そのあと、迷わず購入。

確かに、重松氏のほかの作品にも似た感じのものはあるかもしれませんが、それぞれのテーマにいつも、発見があって、今回は、特にそのところに、深く共感しました。

加害者の贖罪、母ちゃんの強さと弱さ、と簡単に言っていいのかわかりませんが、がっちり琴線に触れてくる、すてきな作品とだと思います。
かあちゃん Amazon書評・レビュー: かあちゃんより
406215496X
No.10
(5pt)

泣けた

病院の待合室で読んでて涙があふれて困った。困ったけど、買って良かったです。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
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No.9
(5pt)

約10年振りに

たしか10代の頃に1度図書館で借りて読んで、その時も好きな本だなあと思った記憶がある。
月並みな感想だけど、あたたかくて、心の端っこを擽られたりつねられたり……そんな感覚になるいい本だと思う。これをたとえば、また10年後とかに、子供がいる状況で読み直したらどんな感情になるんだろう。
きっとかわらず、あたたかいもので包まれるような心地良さがあるのだろうな。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
4062772302
No.8
(5pt)

かあちゃんの尊さ

人間立場を変えてみた時、違う角度からみた時、それぞれに想いがありいとおしい存在。かあちゃんの尊さ存在の大きさに考えさせられ、久々に号泣しながら読んだ。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
4062772302
No.7
(5pt)

とても満足です

とてもきれいな商品でした。また機会があれば、こちらで購入したいです。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
4062772302
No.6
(4pt)

一気に読めたのだが。

おもしろかったし、読んで良かったと思う。
ただ「笑うことを禁じた」というのがどうも最後まで気になっている。
梶谷母の状況に置かれれば、意識的に禁じなくても、自然と笑えなくなるだろう。
「贅沢を禁じる」というのは分かるけども。

村上母が若くして亡くなった際にも、きっと梶谷母は申し訳ないという気持ちをさらに強くしていっただろう。
特に細かい説明はないけれども、夫が若くして事故死したことが、奥さんの寿命を縮めたことは容易に想像がつく。
ただそれは梶谷家にとっても同じ。根を詰め過ぎて、かあちゃんは癌になってしまったのだ。

現実にこれだけ凛とした生き方ができる人間がどれだけいるだろうか。
もし「うちだって被害者なのだから」と梶谷母が逃げてしまっていたら、村上母娘は一生、人を恨んで生きる人生になってしまっていただろう。
ちゃんと自分のしたことに向き合って生きれば、恨みは晴れるのである。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
4062772302
No.5
(5pt)

おそらく重松作品で一番泣ける作品です

タイトルからして、甘ったるい母子関係のお話かと
思っていたが全然違った。人生をテーマにした作品。

夫の交通事故で亡くなった同僚への懺悔の念から、
自らに一生笑わないことを課し続けた母親

そのことを知った人々が、懺悔の念から逃げることをやめ
正面から立ち向かい背負い続けるという強い生き方を選択していく。

何十年後、遺族から許しを得てようやく笑った母親。
とっても深く泣ける作品です。
(おそらく重松作品で一番泣ける作品です)
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
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No.4
(5pt)

かあちゃん!

その言葉の響きだけで、心にぐっときてしまいます。重松氏の描く母親像は現代の母親に失われつつある母親像であると感じました。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
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No.3
(4pt)

謝罪と償いの違いがわかるお話

お父ちゃんが事故で死んだ。人様の命を巻き添えにして。だからお母ちゃんは笑うことを禁じた。お父ちゃんの罪を一生背負うために。

こんな感じで物語が始まります。

このお母ちゃんの行動や考え方や態度が、見ず知らずの人たちの心を変えていくことになる。見ず知らずの人たちというのは、あるイジメ事件に関わった子供たちが大半である。

中学生の男女。

イジメの被害者は苦しんで苦しんで自殺未遂にまで至る。
イジメの主犯は家族の不和の八つ当たりでイジメを始め、他のイジメの加担者はイジメを無理強いされるも断る勇気がなくズルズルと、イジメの傍観者は文字通りただ傍観する。だが被害者が自殺を図ったと知って、それぞれの心が揺れ動く。罪の意識が芽生える。主犯者も加担者も傍観者も、それぞれが自分の行いについて本当の意味で向き合うことになる。そしてそれが、最初に書いたお母ちゃんの贖罪の在り方と化学反応を起こすような形になっている。

許すとはなにか?
許されるとはなにか?

そのひとつの答えを重松清は提示している。それは実際に読んで確かめるのがいいでしょう。

内容はいつもの重松作品という感じ。私は重松清の大ファンなので、今作には少々物足りなさを感じた。重松作品を読んでいると、同作者の作品に似たような話はいくらでもあるし、そちらのほうがクオリティの高いものもあるからだ。

重松作品にはひとつのパターンがある。

まず、私はこれだけ大変なんです、これだけ鬱なんです、こういう状況で解決の光も見えないんです、というふうに登場人物の紹介があり→なんとかその状況を抜け出そうとするが息苦しくなるばかり→いろんな人と触れ合っていろんな考え方を吸収する→問題は解決していないし苦しい生活はまだまだつづくけど、でも、少しだけ希望の光が見えたよ、もう少し頑張ってみるよ

というような、一種の応援歌のような構成であり、今作の短編もこれに当てはまるだろう。重松さんは、その応援歌の中に社会的な問題点を組み込んで、読者に考えさせるのが魅力だと思う。

今作で言えば、物語のピークは間違いなく第1章だろう。この章を起点に物語が広がっている。2章と3章の出来もすばらしかったが、4章と5章の教師の話は正直つまらなかったし、心に響くものもなかった。ただ単に教師が日頃の悩みを愚痴ってこれだけ頑張ってますよ、でもこれからも頑張っていきますよ、という、あってもなくてどうでもいいエピソードだった。もちろん教師の話を通じて、生徒の話を膨らませたりイジメ当時の教師の心情も描かれるのだが、どうにもこうにもキレ味がないのだからどうしようもない。そのあとの章は最後までいい出来で、いろいろと考えさせられた。読後感は満足の一言。

あと、最後にレビューとは関係ない余計な感想。
わかるよ、と言ってうなずくシーンが多くないですか?(笑)私の体感だと、20ページに1度くらいの頻度で、誰かが「わかるよ」と言って相槌を打っていたように思います。途中で、みんなわかりすぎぃ、と思いながら読んでしまい、誰かがわかるよってうなずくたびに笑ってしまいそうになりました。わかるよ、のバーゲンセールでした。まあこれは、内容とは関係のないただの気になった点です。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
4062772302
No.2
(4pt)

母親として様々な生き方があることを通して何を感じたか。

時間とともに喉元過ぎればなんとやら、になることは多々ある。
他人を不幸にしたことを受け止め一生笑わずに償い続ける生き方は私ならできないと思うが、それくらいのことでしか他人の心を動かせないこと、それくらい大きく影響を残すことだと思う。夫を事故で失うだけで大きな喪失感。同じ喪失感を味わせてしまった責任をダブルで受け止めることはできたとしても、精神的に倒れてしまうのではないか。この母は相手を想う気持ちでまた支えられたのか、という思いもするが、笑わない人生を私は選べるだろうか。
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
4062772302
No.1
(5pt)

面白かった! ほぼパーフェクトな小説だ!

面白かった! ほぼパーフェクトな小説だ! 話の流れ、間の取り方など、絶妙である。すべての微妙?な表現が腑に落ちるし、得心がいった。重松清は本当にうまい小説家だ、と思う。夕方5:40に読み始めて、夜半1:40まで、8時間を休憩無しで一気に読み上げた。苦痛では全くなかった。これは作品のもつ力である。読了後、すぐにアマゾンで352円(102円+250円)で注文を出した。手元においておきたいのだ。

「謝罪」と「償い」の違い、取り返しのつかない問題とどう向き合うべきか、をテーマに据えた作品。話の中心に中学2年生のイジメ自殺未遂事件を据えて、中学生のさまざまな家庭問題、学校教師も問題を抱える個人として描く。多くの家庭の、特に母と子のさまざまな関係のあり方を描き分ける。

作品の登場人物の感受性や思考の深さの表現が、中学生にしては深すぎる気がするが、これが高校生に設定すると、心の有り様が純粋、真面目過ぎるので、やはり中学生しかないかなあ…、と思えるのだ。主人公たちを中学2年生に設定したのは絶妙としか言いようがない。

「青い鳥」などでも明らかだが、本作品を通して、重松清の学校におけるイジメ問題のような取り返しのつかない問題の解決策は、「謝罪」のゆるす/ゆるされる、ではなく、「償い」であり、それは自らが他人に対して行ったひどい行為を誤魔化さずに、忘れることなく自覚し続けること。いじめられた側も、忘れることは不可能だし、受け入れても忘れないことしかできない。

無粋かもしれないが、いじめを早く忘れて無かったことにしようとする態度は卑怯であり、「償い」としていじめの事実を決して忘れることなく覚え続け背負い続けることが<和解>のために一番大切なことだ、という結論は、<いじめ>という言葉を、<侵略戦争>、<植民地支配>、<従軍慰安婦>などの言葉と置き換えれば、そのままアジア諸国との「歴史認識問題」とぴったりと重なる。ユダヤの古い箴言に「歴史は忘れようとすればするほど、追いかけてくる」というのがあった、と思うが、今の日本政府の<歴史修正主義>的態度は、まさにこの轍を踏む愚行としか言いようがない。

過去の過ちは、正々堂々と認め、真摯に謝罪をした上で、歴史教育としてしっかりと次世代に記憶として受け継ぐことが、結局、国家としての誇りを保ち、大切な隣国だけではなく、国際社会での誇りある地位を占めることにつながるのだ。自民党の安倍・アホウの知性が、もう少し高ければ、この簡単な真理に気がつくはずなのだが…、詭弁モンスター橋下や身内愛慎太郎も含めて残念としか言いようがない。

「いじめ」も、「侵略戦争」の歴史認識も、結局<解決策>は「誤魔化さず、忘れないこと」に尽きる。「覚えているのが苦しいからといって、忘れようとしても、いじめられた方は、決して忘れられないのだから覚悟を決めて忘れないでい続けるしかないのだ」という点で、全く同じなのだ!
かあちゃん (講談社文庫 し 61-14) Amazon書評・レビュー: かあちゃん (講談社文庫 し 61-14)より
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