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(短編集)

おかしなことを聞くね



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おかしなことを聞くねの評価: 9.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点9.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(9pt)

短編とはこういうことを云うのだ

今なお珠玉の短編集として名高い本書。その評価は読んでみるとだてではなかったことが解る。

第1編目「食いついた魚」は湖で釣りをする男が出逢った見知らぬ男を描く。
背筋が寒くなってくる1編。鍛えられた体格の大男。釣った魚を食糧にして旅して暮らしている男が唐突に話したある時の殺人の話。それは実は大男にとって人の道を踏み外す禁断の扉を開ける行為だった。

「成功報酬」は短編のみ登場するシリーズキャラクター、悪徳弁護士エイレングラフ物の1編。
この男、どこまで本当なのか?と読者の興味をそそる非常に魅力的な悪徳弁護士エイレングラフ。
一気にこの1編でエイレングラフという弁護士が頭に刻み込まれてしまった。

その題名はある有名な作品をモチーフにしている。「ハンドボール・コートの他人」は原題を“Strangers On A Handball Court”という。そう“Strangers On The Train”、パトリシア・ハイスミスの作品であり、ヒッチコック映画の傑作でもある『見知らぬ乗客』だ。
上に書いたように本編はパトリシア・ハイスミスの作品をモチーフにした交換殺人物。ただしそこはブロック、一捻りした皮肉な結末が用意されている。

「道端の野良犬のように」は国際テロリストを扱った話。
ただこのオチは正直なんでもよかったのではないか?

ブロック作品での泥棒と云えばバーニイ・ローデンバーが殊の外有名だが、この短編に登場する泥棒は彼ではない。「泥棒の不運な夜」では忍び込んだ家で主に見つかり、逆に命を狙われてしまう。
なおこの作品はブロックの前書きによれば本編は『泥棒は選べない』より前に書かれた物でバーニイの原型かもしれないとのこと。泥棒の最中に他の犯行に巻き込まれるシチュエーションからすれば確かにそうかもしれない。

「我々は強盗である」はアメリカ映画でよく見る砂漠の中にポツンとあるガソリンスタンドとドライヴインを舞台にした1編だ。
これは前書きによればブロック自身が実際に出くわした悪質なガソリン・スタンドでのぼったくりに着想を得た作品とのこと。つまり作者はこの作品を著すことで溜飲を下げたわけだが、本作には色々な教訓が込められている。
まずはぼったくるのもほどほどにすべきであり、度が過ぎると痛い目に遭ってしまうという教訓。もう1つは人間腹が据わればどんなことでも出来るという教訓だ。
しかしブロック、ただでは起きない。

「一語一千ドル」は作家の多くが思っていることだろう。
窮鼠猫を噛む。どんなに気の弱い人も追い詰められれば何をするか解らない。

「動物収容所にて」はある意味、共感を覚えると云ったら驚かれるだろうか?
目には目を、歯には歯を。この思い。完全に否定できない自分がいる。

再び悪徳弁護士エイレングラフ登場。「詩人と弁護士」では無一文の詩人を救うために一肌脱ぐ。
「成功報酬」では高額の報酬の為には犯罪も厭わないとばかりの悪徳弁護士ぶりを見せつけたエイレングラフだが、なんと本編では無報酬で無名の詩人の釈放に一役買う。
何か裏があるのだろうと思っていると、実に意外なことに気付かされる。
いやはやこのエイレングラフと云う男、実に奥深いではないか。この男のシリーズ物が読みたくなった。

「あいつが死んだら」は奇妙な味の短編だ。
神が降りてきたかのような1編。
突然見知らぬ者から送られてくる手紙。そこに書かれているのは見知らぬ男の名前で彼が死ねば金をくれるという物。しかし主人公が手を下さずとも標的の男たちは病死し、金が転がり込む。しかも男にとってその報酬は自分の年収の数分の一もの金額。さらに手紙が来るたびに報酬が上がっていく。そんな手紙が来れば人間はどうなるのか?
よくもこんなことが思いつくものだ。

本格ミステリのおける連続殺人事件をブロックが書くとこうも素晴らしいものになる見本のような作品が次の「アッカーマン狩り」だ。
ニューヨークでアッカーマンと云う名の人物が次々と殺される。犯人の動機は皆目見当がつかない。
物語は犯人の独白で終わるわけだが、ゲームの内容が公表された犯人は次の新たなゲームを考え出す。その時のさりげない台詞のなんと恐ろしいことよ!
実に上手い!

語り手が珍妙な兄弟2人の顛末を語る異色の1編、「保険殺人の相談」はスラップスティックコメディの傑作だ。
作者と思しき語り手が実に軽妙な語り口でこの間抜けで愛らしき兄弟たちの顛末を語るストーリー運びはチャップリンの喜劇を観ているような錯覚を覚えて実に面白い。
歯車がちぐはぐに絡み合うかの如く、常に兄弟のやることは裏目に裏目に出て、とにかく上手く行かない。しかしなぜか2人には高額な保険金が掛けられている。終わり方は実にこの間抜けな兄弟らしい玉砕で、作者が云うように収まるところに収まり、一件落着!

表題作はたった10ページの物語ながら無駄を削ぎ落としたような切れ味を持つ。
う~ん、まさに都市伝説。世の中には色々疑問に思っていることがあるが、恐らくアメリカでは誰もが一度は思っているのだろう、古着のジーンズはどうやって仕入れるのか?という疑問をモチーフにブロックが紡いだのは実にブラックな解答だった。
しかし物語でははっきりとその答えが書かれていない。しかしもう雰囲気と行間、そしてある決定的なある単語で読者に恐ろしい想像を掻き立てるのだ。
これは秀逸かつ切れ味抜群の上手さを誇る1編だ。

そしてとうとうバーニイ登場。「夜の泥棒のように」は三人称で語られる泥棒探偵バーニイの短編だ。
ロマンティックな男と女の奇妙な出逢いを描きながら、最後に意外な真相を持ってくる実に贅沢な逸品。再登場してほしいものだ、このアンドレアという女性は。

「無意味なことでも」は友人の子供が誘拐されるお話。
かつて一人の女性を取合った男達。今では友人同士で何でも相談し合える仲。そんな相棒の娘が誘拐される。
ディーヴァー作品のようなどんでん返しがある作品なのだが犯人の一人称で物語が展開されるゆえにアンフェアなところがあるのが気になる。
ちょっと技巧に走り過ぎたか。

「クレイジー・ビジネス」とは殺し屋稼業の事。新進気鋭の殺し屋が伝説の殺し屋に彼の逸話を聴きに行くというお話。
これは先が読めてしまった。

「死への帰還」はハートウォーミングな話。
子供は大きくなり、実業家として会社を運営し、一応の成功を収めた男。しかし実情は妻との関係は冷え切り、愛人がおり、しかも会社の資産は減りつつあった。そんな矢先に訪れた災難。その犯人捜しをするため、男は妻、共同経営者、愛人、子供たちと逢っていく。
正直この物語の犯人が誰であろうが、そこに主眼はないだろう。

最後はマット・スカダーが登場する「窓から外へ」はお馴染みアームストロングの店のウェイトレスに纏わる話だ。
ポーラと云うウェイトレスは本編で出てきたのか、記憶は定かではないが、マットにとって彼の人生に関わった知り合いが死に、そしてその死の真相を突き止めたい依頼者が現れたならば彼の腰も挙げざるを得ない。
50ページほどの分量だが、その内容はシリーズ1編の読み応えがある。
死に携わる人間に対する眼差しは相変わらず厳しい。


今や短編集ではジェフリー・ディーヴァーが挙げられるが、それまではブロックのこの短編集が非常に完成度の高い短編集として挙げられており、今なお本書を読むべき作品として挙げる作家もいるほどだ。

ジェフリー・ディーヴァーの短編集がどんでん返しに重きを置いているものとすれば、ローレンス・ブロックのそれはどんでん返しにホラーにサイコ、クライム、悪徳弁護士、対話物、連続殺人鬼、ファンタジー、ネオ・ハードボイルドと実にヴァラエティに富んでいるのが特徴的だ。特に「食いついた魚」や「成功報酬」、表題作などは想像を掻き立て、その何とも云えない余韻が印象的。

またどんでん返しを加えながらも心温まる、思わず微笑みを浮かべてしまう余韻を残す「夜の泥棒のように」や「死への帰還」もこの作家ならではだろう。

個人的ベストは「あいつが死んだら」、「アッカーマン狩り」、「保険殺人の相談」、表題作、「夜の泥棒のように」。
「あいつは死んだら」はその着想の妙を買う。
「アッカーマン狩り」は最後3行目の台詞に、そして表題作は古着のジーンズ卸し会社の本当の社名が秀逸。それらが暗示する恐ろしさといったら…。
「夜の泥棒のように」はバーニイが登場する作品だが、他人の目から見たバーニイが新鮮で、しかもストーリーもきちんとオチが付いているという絶妙な作品。

とにかく精選された単語、言葉遣いを短いセンテンスで入れるため、一言に凝縮されたその意味が実に濃厚。表題作の会社名、「アッカーマン狩り」の犯人がふと漏らす一言など実に効果的。しばらくこれらは私の脳裏から離れられないだろう。

短編と云うのはこういうことを云うのだと云わんばかりの名品揃い。ブロックと云う作家の全ての要素を出し切った作品集と云えよう。
特に作家たちはこの本をお手本にすべきだろう。ストーリーの語り口に運び方、言葉選びなど多く学ぶべきエッセンスに満ちている。

しかしどうして本書も絶版なのだろう。本書こそプロ、アマチュア全てに読まれるべき作品であるのに。実に勿体ない。


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Tetchy
WHOKS60S

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