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samil1890 さんのレビュー一覧

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レビュー数1

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No.1:
(8pt)

破壊された男の感想

東京創元社の《分解された男》として読んだものの再読。ずっと気になってはいたけど、中古価格(amazonで3万ほど)に手が出ず読めないものと諦めていました。文庫化に感謝!
両訳とも全く同じ時期(昭和40年 5月)に刊行されたもので、当然、訳者はお互いの訳を意識していないので文体がけっこう違っています。

“ミスタ・ライク、あなたのアイデアの太陽系的なひろがりには、われわれなど足元にも及びません。飛ぶように売れますよ!” 《破壊された男》150ページより
“社長のアイディアは、まさに太陽のごときスケールの大きさ、私ら一同ただただ、圧倒されて一寸法師のごとき気分でございますぞ。これは絶対確実、楽勝の手で” 《分解された男》153ページより

大雑把に読み比べてみると、《破壊》は古い言い回しが極力抑えられていて読みやすく、《分解》はそのぶんコミカルさが際立っている印象です。なので初めて読む人には、《破壊された男》のほうをおすすめしたいです。

巨大企業の社長ライクは、邪魔なライバル企業の社長の殺害を決意する。しかし、人間の意識を透視するエスパーたちが闊歩している24世紀では、殺人を計画しようものなら未然に防がれてしまう。そこで、彼は一級のエスパーである主治医と、音楽会社を経営する女友達の協力によって透視を妨害した上で標的に近づく。こうして、計画通り殺害に成功。ところが、突然現われた被害者の娘に犯行の瞬間を見られ逃げられてしまう。さらに、現場に駆けつけた一級エスパーの捜査官パウエルに目をつけられ……。

・世にも稀な倒叙形式のSFミステリ
ライトノベルが現われてジャンルミックスも盛んになってきた最近はSFミステリと呼べる小説が増えてきいるのですが、それでも《破壊された男》のような倒叙形式の作品はかなり少ないのではないでしょうか。新潮社のアンソロジー《SF九つの犯罪》でも、編者のアシモフが“SF作家はあまり倒叙小説に手を出さない”とはっきり書いています。
じっさい、これ以外で読んだことがあるものは《73光年の妖怪》《ゴールデン・フリース》くらいしか思いつきません。どちらもSFの要素が探偵対犯人の駆け引きとマッチしていてとても好みの作品です。
《破壊された男》は頭脳戦というよりも鬼さんこちらの逃亡劇といったおもむきですが、ミステリ要素はしっかりしていてSFミステリにありがちな「ちょっと殺人が起こったので申し分程度に証拠あつめて犯人捕まえたよ」というようなおまけ程度の扱いではなく、伏線の張り方や銃弾消失のトリックなど本格的なつくりになっています。

・どれだけ詰め込んでも過負荷にならないベスターの構成力
作家のディーン・R・クーンツが“他の一ダースぶんの小説に匹敵するアイデアと興奮が盛り込まれている”と評したとおり、どの1ページを開いても楽しいアイディアに溢れています。<共鳴銃>が出てくるところは強烈だし、65年前の作品なのに、<LINE>のような場面が出てきたのには驚きました(読みづらいけど)。
主人公ライクも社長として働きます。社内のスパイをつまみ出します。歌を聴きます。殴られます。殴り返します。目撃者を追いかけます。パウエルには追いかけられます。葛藤します。裏切られます。コネを使います。宇宙へ逃げます。口封じのために関係者を人工の大自然へおびき出します。爆発に巻き込まれます。見捨てられます。カオスをさまよいます。悪夢におびえます。他にもいろいろ大変なめに遭います。さらにパウエルの視点も織り込んで物語が展開します。なのに、最後はきちんと話をまとめてしまいます。
一歩間違えれば奇怪なごった煮になりかねないこの作品を物語たらしめているのは何か。それは、現代にも通用するテーマです。
“ライク、きみの中には、人間が二人いる。一人はいいやつだが、もう一人は腐りきっている。きみがまるっきり人殺しだったら、別に問題はない。だが、半分はくそったれで、半分は聖者なんだ。だから、どうしようもないんだ” 128ページより
このパウエルの言葉に表れているのは、誰もが持ちうる二面性で、探偵である彼も<うそつきエイブ>(創元版は<嘘つき大統領>)という内なる人格に悩まされている設定です。こういったテーマが通奏低音となって全体に流れているので、様々な要素を包含していながらもひとつのまとまった印象が読後に残ります。
そして、感動的なラスト。パウエルが放ったテレパシーが心に響く。人の気持ちを考えよう、相手の顔を見よう、正直になろうといったメッセージが込められています。
いまや古典、しかし時代の垣根を超える傑作です。
破壊された男 (ハヤカワ文庫SF)
アルフレッド・ベスター破壊された男 についてのレビュー