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samil1890 さんのレビュー一覧

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レビュー数2

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No.2:
(6pt)

蒸発の感想

読書ガイドの紹介がきっかけで手にとった短編集《ヨットクラブ》が当たりだったので、そのうち長編を、と思っていた作家。鋭い切れ味にじわりと効いてくる毒を併せ持つような、なんとも不思議な作風だったと記憶しています。
読み終わってみると、この長編も書きたいことは短編とあまり変わらない印象でしたが楽しめました。

銀行に25年間勤め、頭取への昇進も確定しているウィルスン。ある晩、彼に自殺したはずの友人から電話がかかってくる。その言葉によると彼の死は偽装で、とある会社に申し込んで別人として生まれ変わったのだという。彼に同じことを勧められたウィルスンは半信半疑だったが、後日、教えられたその会社の住所を訪れる。まだ心が決まっていなかった彼も、社長の後押しで書類にサイン。整形手術を経て、アンティオカスという名の肖像画家に生まれ変わる。やがて、このアンティオカスが世間ずれのした遊び人であることがわかり、新しい人生に早くも嫌気が差した彼は……。

読んでいる途中で、《ゲーム》を思い出しました。あの映画ほど派手な場面はないんですが、謎の企業が非日常を提供する点が似ていますし、主人公が50代前後の銀行家というところも共通しています。この小説も《セコンド》というタイトルで映画化されています。
物語のなかの会社の取り決めでは、変身前の人生に干渉はもちろん言及もしてはならない、とありますが、主人公はさっそくそれを破ってしまいます。体が変わっても記憶はそのままなので、友人を作るにも前の人生から話題を持ってくるしかないからです。ところが、変身後の主人公を取り巻く人々も過去を捨て去った生まれ変わりらしく、彼の言動を見咎めます。前半では、そんな生活に堪えられず、無断で元家族を訪れるまでの過程が丁寧に書かれていました。
啓発本や名言集などではよく「変化を恐れるな!」というような言葉とともに、変化がもたらす成長、変化による新たな発見を説いていますが、この《蒸発》は人間が無意識に恐れる変化の悪い面を書きだした作品と言えます。疑りぶかい読者なら、この会社の実態はかなり早い段階から予想できるのでしょうが、みごとな語り口で最後まで読ませてくれます。
ただ、主人公の動機が説明不足で共感できない。蒸発したい、という願望はわからなくもないし、同じ日々の繰り返しに嫌になったことも仄めかされますが、どれもはっきりとは書かれてません。これが、たとえばもっと向こう見ずな若い人間であれば、勢いで決めてしまったとしても納得できますが、まじめに25年間勤めてきて社会的地位もある人間の判断にしては軽率すぎるのでは……。
もし、主人公が若者だったら結末も変わっていたかもしれません。読み終わったあとに考えさせられました。
蒸発 (Hayakawa pocket mystery books)
デイヴィッド・イーリイ蒸発 についてのレビュー
No.1: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(5pt)

マーチ博士の四人の息子の感想

ミステリ作家には、振り返ってみれば第一作が最高作だったというパターンが多い。処女作だけに充分な執筆時間が与えられていることも関係していると思いますが、ミステリの分野になにか変化を与えようとしている書き手であれば野心的で勢いのある作品になってくることも理由のひとつだと思います。
ブリジット・オベールのこの処女作もそれまでのミステリにはないユニークなアイディアが詰まった作品です。
マーチという医師の家に住み込みで働いている家政婦ジニーが偶然日記を見つけ、それに予告されたとおりの事件が隣家で起こってしまう。しかも、書いた人間は以前から何人もの女性を殺害していたらしい。日記の持ち主は、同居する四人の息子のうちの誰かだろう。
<殺人者の日記>と<ジニー(主人公)の日記>二つの視点のやりとりで展開するのが本書の大きな特徴です。最初は、ジニーが日記を盗み読んでいる感じなんですが、徐々に犯人もそれに気付きはじめ彼女を脅迫するような記述が目立つようになっていく。しかし、盗みの逃亡犯であるジニーも簡単には引き下がらず警察とも関わりたくないので、武装して身を守り、犯人をいぶりだそうとします。ところが、彼女が仕掛けた罠はことごとく見抜かれて失敗。なおも家じゅうを音もなく動き回り、いつの間にか書き加えた日記で殺人を予告しては実行する犯人。やがて、ジニーもその実在を疑いはじめるようになります。
後半になると、ジニーに殺人容疑がかけられる展開となり、作者としてはここでサスペンスはピークに達する手はずだったのだろうと思いますが、前に言ったとおり全て日記の文章を通して読者に伝わることなので、あまり緊急性を感じないし不自然な印象すらあるのが惜しいところです。
解決篇となるエピローグで一連の事件の真相が明らかになり、それまで拭いきれなかった違和感がここで解消されます。この結末で『してやられた』と感じるか『そりゃないだろう』と感じるかで評価は分かれると思いますが、本格ミステリの愛好家ならば、ほとんどは後者になるのではないでしょうか。違和感の正体が“あれ”なんですから……。
決して退屈な話ではないんですけど、やはりミステリを謳う以上は解決ありき、ということで厳しめの評価です。
マーチ博士の四人の息子 (ハヤカワ文庫HM)