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samil1890 さんのレビュー一覧

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書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.33pt

レビュー数3

全3件 1~3 1/1ページ

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No.3:
(6pt)

蒸発の感想

読書ガイドの紹介がきっかけで手にとった短編集《ヨットクラブ》が当たりだったので、そのうち長編を、と思っていた作家。鋭い切れ味にじわりと効いてくる毒を併せ持つような、なんとも不思議な作風だったと記憶しています。
読み終わってみると、この長編も書きたいことは短編とあまり変わらない印象でしたが楽しめました。

銀行に25年間勤め、頭取への昇進も確定しているウィルスン。ある晩、彼に自殺したはずの友人から電話がかかってくる。その言葉によると彼の死は偽装で、とある会社に申し込んで別人として生まれ変わったのだという。彼に同じことを勧められたウィルスンは半信半疑だったが、後日、教えられたその会社の住所を訪れる。まだ心が決まっていなかった彼も、社長の後押しで書類にサイン。整形手術を経て、アンティオカスという名の肖像画家に生まれ変わる。やがて、このアンティオカスが世間ずれのした遊び人であることがわかり、新しい人生に早くも嫌気が差した彼は……。

読んでいる途中で、《ゲーム》を思い出しました。あの映画ほど派手な場面はないんですが、謎の企業が非日常を提供する点が似ていますし、主人公が50代前後の銀行家というところも共通しています。この小説も《セコンド》というタイトルで映画化されています。
物語のなかの会社の取り決めでは、変身前の人生に干渉はもちろん言及もしてはならない、とありますが、主人公はさっそくそれを破ってしまいます。体が変わっても記憶はそのままなので、友人を作るにも前の人生から話題を持ってくるしかないからです。ところが、変身後の主人公を取り巻く人々も過去を捨て去った生まれ変わりらしく、彼の言動を見咎めます。前半では、そんな生活に堪えられず、無断で元家族を訪れるまでの過程が丁寧に書かれていました。
啓発本や名言集などではよく「変化を恐れるな!」というような言葉とともに、変化がもたらす成長、変化による新たな発見を説いていますが、この《蒸発》は人間が無意識に恐れる変化の悪い面を書きだした作品と言えます。疑りぶかい読者なら、この会社の実態はかなり早い段階から予想できるのでしょうが、みごとな語り口で最後まで読ませてくれます。
ただ、主人公の動機が説明不足で共感できない。蒸発したい、という願望はわからなくもないし、同じ日々の繰り返しに嫌になったことも仄めかされますが、どれもはっきりとは書かれてません。これが、たとえばもっと向こう見ずな若い人間であれば、勢いで決めてしまったとしても納得できますが、まじめに25年間勤めてきて社会的地位もある人間の判断にしては軽率すぎるのでは……。
もし、主人公が若者だったら結末も変わっていたかもしれません。読み終わったあとに考えさせられました。
蒸発 (Hayakawa pocket mystery books)
デイヴィッド・イーリイ蒸発 についてのレビュー
No.2:
(8pt)

破壊された男の感想

東京創元社の《分解された男》として読んだものの再読。ずっと気になってはいたけど、中古価格(amazonで3万ほど)に手が出ず読めないものと諦めていました。文庫化に感謝!
両訳とも全く同じ時期(昭和40年 5月)に刊行されたもので、当然、訳者はお互いの訳を意識していないので文体がけっこう違っています。

“ミスタ・ライク、あなたのアイデアの太陽系的なひろがりには、われわれなど足元にも及びません。飛ぶように売れますよ!” 《破壊された男》150ページより
“社長のアイディアは、まさに太陽のごときスケールの大きさ、私ら一同ただただ、圧倒されて一寸法師のごとき気分でございますぞ。これは絶対確実、楽勝の手で” 《分解された男》153ページより

大雑把に読み比べてみると、《破壊》は古い言い回しが極力抑えられていて読みやすく、《分解》はそのぶんコミカルさが際立っている印象です。なので初めて読む人には、《破壊された男》のほうをおすすめしたいです。

巨大企業の社長ライクは、邪魔なライバル企業の社長の殺害を決意する。しかし、人間の意識を透視するエスパーたちが闊歩している24世紀では、殺人を計画しようものなら未然に防がれてしまう。そこで、彼は一級のエスパーである主治医と、音楽会社を経営する女友達の協力によって透視を妨害した上で標的に近づく。こうして、計画通り殺害に成功。ところが、突然現われた被害者の娘に犯行の瞬間を見られ逃げられてしまう。さらに、現場に駆けつけた一級エスパーの捜査官パウエルに目をつけられ……。

・世にも稀な倒叙形式のSFミステリ
ライトノベルが現われてジャンルミックスも盛んになってきた最近はSFミステリと呼べる小説が増えてきいるのですが、それでも《破壊された男》のような倒叙形式の作品はかなり少ないのではないでしょうか。新潮社のアンソロジー《SF九つの犯罪》でも、編者のアシモフが“SF作家はあまり倒叙小説に手を出さない”とはっきり書いています。
じっさい、これ以外で読んだことがあるものは《73光年の妖怪》《ゴールデン・フリース》くらいしか思いつきません。どちらもSFの要素が探偵対犯人の駆け引きとマッチしていてとても好みの作品です。
《破壊された男》は頭脳戦というよりも鬼さんこちらの逃亡劇といったおもむきですが、ミステリ要素はしっかりしていてSFミステリにありがちな「ちょっと殺人が起こったので申し分程度に証拠あつめて犯人捕まえたよ」というようなおまけ程度の扱いではなく、伏線の張り方や銃弾消失のトリックなど本格的なつくりになっています。

・どれだけ詰め込んでも過負荷にならないベスターの構成力
作家のディーン・R・クーンツが“他の一ダースぶんの小説に匹敵するアイデアと興奮が盛り込まれている”と評したとおり、どの1ページを開いても楽しいアイディアに溢れています。<共鳴銃>が出てくるところは強烈だし、65年前の作品なのに、<LINE>のような場面が出てきたのには驚きました(読みづらいけど)。
主人公ライクも社長として働きます。社内のスパイをつまみ出します。歌を聴きます。殴られます。殴り返します。目撃者を追いかけます。パウエルには追いかけられます。葛藤します。裏切られます。コネを使います。宇宙へ逃げます。口封じのために関係者を人工の大自然へおびき出します。爆発に巻き込まれます。見捨てられます。カオスをさまよいます。悪夢におびえます。他にもいろいろ大変なめに遭います。さらにパウエルの視点も織り込んで物語が展開します。なのに、最後はきちんと話をまとめてしまいます。
一歩間違えれば奇怪なごった煮になりかねないこの作品を物語たらしめているのは何か。それは、現代にも通用するテーマです。
“ライク、きみの中には、人間が二人いる。一人はいいやつだが、もう一人は腐りきっている。きみがまるっきり人殺しだったら、別に問題はない。だが、半分はくそったれで、半分は聖者なんだ。だから、どうしようもないんだ” 128ページより
このパウエルの言葉に表れているのは、誰もが持ちうる二面性で、探偵である彼も<うそつきエイブ>(創元版は<嘘つき大統領>)という内なる人格に悩まされている設定です。こういったテーマが通奏低音となって全体に流れているので、様々な要素を包含していながらもひとつのまとまった印象が読後に残ります。
そして、感動的なラスト。パウエルが放ったテレパシーが心に響く。人の気持ちを考えよう、相手の顔を見よう、正直になろうといったメッセージが込められています。
いまや古典、しかし時代の垣根を超える傑作です。
破壊された男 (ハヤカワ文庫SF)
アルフレッド・ベスター破壊された男 についてのレビュー
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(5pt)

マーチ博士の四人の息子の感想

ミステリ作家には、振り返ってみれば第一作が最高作だったというパターンが多い。処女作だけに充分な執筆時間が与えられていることも関係していると思いますが、ミステリの分野になにか変化を与えようとしている書き手であれば野心的で勢いのある作品になってくることも理由のひとつだと思います。
ブリジット・オベールのこの処女作もそれまでのミステリにはないユニークなアイディアが詰まった作品です。
マーチという医師の家に住み込みで働いている家政婦ジニーが偶然日記を見つけ、それに予告されたとおりの事件が隣家で起こってしまう。しかも、書いた人間は以前から何人もの女性を殺害していたらしい。日記の持ち主は、同居する四人の息子のうちの誰かだろう。
<殺人者の日記>と<ジニー(主人公)の日記>二つの視点のやりとりで展開するのが本書の大きな特徴です。最初は、ジニーが日記を盗み読んでいる感じなんですが、徐々に犯人もそれに気付きはじめ彼女を脅迫するような記述が目立つようになっていく。しかし、盗みの逃亡犯であるジニーも簡単には引き下がらず警察とも関わりたくないので、武装して身を守り、犯人をいぶりだそうとします。ところが、彼女が仕掛けた罠はことごとく見抜かれて失敗。なおも家じゅうを音もなく動き回り、いつの間にか書き加えた日記で殺人を予告しては実行する犯人。やがて、ジニーもその実在を疑いはじめるようになります。
後半になると、ジニーに殺人容疑がかけられる展開となり、作者としてはここでサスペンスはピークに達する手はずだったのだろうと思いますが、前に言ったとおり全て日記の文章を通して読者に伝わることなので、あまり緊急性を感じないし不自然な印象すらあるのが惜しいところです。
解決篇となるエピローグで一連の事件の真相が明らかになり、それまで拭いきれなかった違和感がここで解消されます。この結末で『してやられた』と感じるか『そりゃないだろう』と感じるかで評価は分かれると思いますが、本格ミステリの愛好家ならば、ほとんどは後者になるのではないでしょうか。違和感の正体が“あれ”なんですから……。
決して退屈な話ではないんですけど、やはりミステリを謳う以上は解決ありき、ということで厳しめの評価です。
マーチ博士の四人の息子 (ハヤカワ文庫HM)