新しい人よ眼ざめよ
評判
新しい人よ眼ざめよの評価:
4.10/5点 レビュー 20件。 C ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全9件 1〜9 1/1ページ
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新しい人よ眼ざめよの評価:
4.10/5点 レビュー 20件。 C ランク
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小説の詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。最近閲覧した小説詳細ページへ簡単に戻る事が出来ます。
大江健三郎は創作の手法について意識的な作家だが、この作品はかなり実験的なものだと思う。『個人的な体験』への批判を受けてなのかわからないが、本作辺りからアンチクライマクスの手法を確立していくように思うが、この作品の実験的な性質からか読み終わったというような感覚に乏しい。あるいはこの作品は(近代)小説ではないのかもしれない。
その文体は『レインツリーを聴く女たち』と同様に、時に冗長かつ緩慢かつ説明的な擬似私小説風のもので、『取り替え子』や『憂い顔の童子』などの晩年の作品に通ずる。
ブレイクの預言詩とイーヨーによって啓示される「僕」。ここにもやはりグロテスク・リアリズムにおける転倒をみることができるだろう。そのように思うと、障害児との生活が悲劇と喜劇との限りない往復運動であるようにも感じられる(これは文学的創作とも通じるかもしれない)。あるいは若い人にとっては、この作品は陰鬱な小説だと感じられるかもしれない。しかし、作者は「小説のたくらみ」によって作為的な虚像を作り出してもいるだろう(部分的には実際に起こったことを用いているにせよ)。そのような現実と虚構との往復というのも、上のことと対応する。感動というよりも私は脱臼というか肩透かしというかモアレのようなものを感じた。所与のものでやりくりする(それでもって成功する)というのは、フランスというよりも鴎外的な価値観であるように思う。
2023年3月3日に作者大江健三郎は亡くなった。この作品では自分の死後の息子の状況に思いを馳せる場面が度々あり現実の生活を案じてしまうが、推敲を重ね不自然且つ読み難い文体を作り出し屈折し解決の不鮮明な物語を編み出し(これらは「現代音楽」に通じる)社会や家族といったものを相対化する視点を提示しているだろうことから、いわば直情的同情には抑制的であるべきだろうと教えられる点もあると思える。