おれは一万石シリーズ
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1作目
一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる、ぎりぎり一万石の大名、下総高岡藩井上家に婿入りすることになった竹腰正紀はまだ十七歳の若者だ。
2作目
凶作のため高岡藩の米収穫高も例年の七割しかなく、藩財政がさらに困窮することが予想された。
3作目
廻船問屋戸川屋から借金百二十七両の返済を求める書状が届いた。戸川屋のひとり娘は、元国家老園田頼母の妻女だ。
4作目
浜松藩井上家本家が、菩提寺である浄心寺改築のため、分家である高岡藩井上家、下妻藩井上家にそれぞれ金二百両の供出を言い渡した。
5作目
浄心寺改築で己の懐を肥やし、なおかつ正紀、正広を世子の座から追い落とそうと、正棠一派が悪巧みを進めていた。
6作目
順調に進む菩提寺改築の一方で、あちらこちらで一揆、打ち壊しの話を聞くようになった。
7作目
江戸の米価高騰を解消すべく、老中・松平定信が廻米の触を出した。だが、不作、凶作のなか余分な米など誰も持ってはいない。
9作目
藩主井上正国の奏者番就任を祝って、狩野派の掛軸が贈られてきた。ところが、目利きの和によれば、掛軸は真っ赤な偽物。
10作目
海賊船は正紀らの活躍で退治したが、一味の幹部と悪徳商人は捕縛の手を逃れ、米俵四千俵とともに行方をくらましていた。
11作目
高岡藩では、河岸のさらなる発展のため納屋の普請を検討したが、先立つものがない。
13作目
武士が民の頂に君臨せねばならぬという松平定信の施政に疑問を抱きつつも協力してきた尾張徳川家一門だが、尊号事件を契機に定信政権との訣別を決める。
14作目
定信が発布した棄捐令(徳政令)に歓喜の声を上げる旗本、御家人だったが、その喜びも長くは続かなかった。
15作目
反・松平定信ということで急接近した尾張徳川家一門と将軍付御年寄・滝川。
16作目
正国の奏者番辞任で反定信の旗幟を鮮明にし、同じく反定信派の大奥御年寄滝川と急接近した尾張一門。
17作目
正国のお国入りは無事済んだものの、今度は八月の参府の費用捻出に頭を抱える正紀たち。
20作目
先代藩主正森の頃から三十年にわたって仇を追っているという高岡藩の下士と出会った正紀。
22作目
廃嫡を目論む正棠や浦川たちの奸計に嵌まり、蟄居謹慎を余儀なくされた正紀。
24作目
四代将軍家綱の法要の折に、二人組の侍に襲われていた身なりのいい武家の男児を助けた北町奉行所与力の山野辺に頼まれて、高岡藩上屋敷で男児を預かることになった正紀。
25作目
亀之助の一件を機に、加賀百万石の前田家と縁を結んだ尾張一門。反定信派の勢いが増すなか、公儀は『造酒額厳守』の触を出す。
26作目
造酒額厳守の触が出されているなか、天領の村から手に入れた二升の酒によって窮地に立たされてしまった高岡藩井上家。
27作目
藩と領民が力を合わせ「国替え」という最大の難事を乗り越えた高岡藩井上家。
28作目
正紀の近習植村の嫁取り、待望の世継ぎ誕生と、慶事が続いた高岡藩井上家。
29作目
高岡河岸の発展、〆粕や下り塩の販売など藩主正紀の指揮のもと、藩士たちの不断の努力によって、徐々に回復してきた高岡藩井上家の財政状況。
30作目
洪水で崩れた深川洲崎の石垣普請の入札にまつわる普請奉行と岩槻屋の不正を暴いたものの、御手伝普請のための費用がいまだ足りぬ正紀たちは、窮地に追い込まれる。
31作目
御手伝普請の分担金を無事納め、改易は免れたものの、再び内証が厳しくなった高岡藩井上家。
33作目
寛政四年七月、高岡藩井上家当主正紀に、公儀からお国入りの許しが出た。
34作目
高松藩士殺しの真相を暴いた礼として百両の当たりの富札を得たことで、無事正紀の初のお国入りの費えの目処が立った高岡藩井上家。