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春かずら
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春かずらの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.00pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全1件 1~1 1/1ページ
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| 意外にも澤田瞳子が江戸の武士を主人公に据えた作品を書くのはこれが初めてなのだとか。 物語は江戸時代の後期と思しき時代が舞台。天下泰平となって武士が戦ではなく主君に仕え御家の為にと日々を恙なく務めを果たす事が全てとなった時代。一人の武士が岡山と広島の間、山間にある安良藩という小藩の城下に戻ってきたところから始まる。 男の名は多賀清史郎。12年前の夜、父・織部を友人であった筈の多賀幸太夫に斬られてから北は仙台、南は薩摩まで江戸に居を置きながら幸太夫の跡を追う形で流浪の日々を送り、藩の禄を食む事もなく母や身内からの仕送りに頼りながら日々を過ごしてきた、そんな男である。 母の死に伴う回向を理由に安良に戻ってきた清史郎を迎えたのはかつて道場でともに剣を振るった朋輩やかつて将来を誓った隣家の娘のどうしようもない変化であった。互いに知っている間柄である筈なのにどこか見えない壁が生じている様な彼らの姿に戸惑う清史郎。 僅かな滞在で再び江戸に戻って仇討の日々を送るつもりであった清史郎だったが、彼は幸太夫が故郷に残し狼藉者の子だと陰口を叩かれながら生きてきた息子・隼人と出会い成り行きで剣を教えることに。奇妙な縁に戸惑う清史郎だったが、彼の身には城下の二つの道場の対立や藩政で長年にわたって対立してきた二つの名門、そして城下で帰依を集める二つの寺という奇妙な対立の図式へと絡め取られていく。 僅かな期間の故郷での滞在だと思っていた清史郎だったが、閉鎖の決まった道場の元門下生で、奇妙な行きがかりから顔見知りとなった男が斬られるという事件が発生、そして間を置かず清史郎自身も凶刃に襲われる事に…… うーん……物凄く評価が難しい作品。とりあえずテーマ自体は凄く良い。仇討の様な妄念に囚われたまま人として生きる限りある時間を費やしていく事の虚しさや人が宮仕えの中で否応なしに変えていかざるを得ない生き様の苦しさ……そんな時間の中で変化したものを突きつけられる孤独。なんだか筒井康隆の「わが良き狼」を思い出してしんみりとする物があった。その一方で小説としての出来を考えると「これはちょっと……」と首を傾げざるを得ない部分があった事も事実。 物語の方は主人公の清史郎が故郷の安良にごく短期間滞在した間に起きた出来事を追っていく形で展開されるのだけど……複数の話が何本も並行して進むので状況の変化を追いかけていくのが中々に大変。 藩士だけが通える名門道場・進武館と外来の武士が開いた町方も通える朝比奈道場の対立と朝比奈道場の閉鎖を巡る諍い 国家老・大郷家と勘定奉行を務める佐々木家という藩政を巡って長年対立し続けてきた二家の水面下での権力争い 勘定奉行に嫁ぎ、かつての控えめな印象と様変わりし「烈婦」とまで陰口を叩かれるようになった隣家の娘・早苗 そんな早苗に近づく事を清史郎に諫める一方でかつて共に剣を学んだ師範代の一派に加わり藩士としての務めに戻らないかと持ち掛ける旧友の伝兵衛 そして父の仇・渡辺幸太夫の息子で藩内では爪弾きにされながら友人から剣を学び、立派な武士であろうとする隼人との出会い ……少なくともこれだけの状況が清史郎の目を通じて読者の前にワッと展開されるので読んでいる間中「えーと、あの流れは今どんな状況になっていたかな?」と記憶を求めて脳をまさぐりながら読む必要があるので些か読み進めるのに骨が折れる(そもそも本文自体が450ページ近くあるからボリューム自体がかなり多い) こう書くと読むのがひたすらに面倒な小説、という良くないイメージばかりが印象に残ってしまうので予め申し上げるがテーマという部分に関しては非常に良かったと言える。 まず、仇討……というか「本当にする必要があるかどうか分からなくなってしまった事」に固執し続ける事の虚しさ。これはもうイヤというほど思い知らされる。最近は「復讐の虚しさ」を口にすると他人の言葉を引き写すしか能の無い手合いが「ラーメン再遊記」の切り抜きを張り付けてしたり顔をする事が増えたのだけど作中で清史郎の12年とは比べ物にならない45年間、60歳を過ぎても仇討を続けているお侍様の悲惨な人生が描かれるので仰天。 当たり前だけどお武家様でも仇討の間は元の藩士としての籍は凍結されて家禄も召し上げられてしまう上に、何より無職のままいつ終わるとも知れない日々を送る羽目になる。進学や就職、あるいは資格試験で結果が出ない間、他人に置いてきぼりにされて自分の人生が停滞してしまった焦燥感に包まれる経験をされた方は少なくないのだろうけど、それが12年、下手すると一生にわたって続くわけでこれが虚しくなければ何なんだ、と言いたい。 清史郎もかつて同輩だった伝兵衛が藩士として少しずつ出世し、所帯を持って一藩士としての人生を送っているのを故郷に戻って突きつけられ続けるわけで、これで果たしたいのかどうかも分からん仇討の為に停滞している自分の人生が虚しく見えなければどうかしている、という訳である。このあたり就職浪人を長期間続けた人であればこの気持ちは大いに共感できるんじゃないだろうか? 作中で清史郎は居酒屋に貼られた古今集の「月やあらぬ 春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして」という歌に心を動かされる場面があるのだけど、歳月を経て故郷に戻ってきたのに変わっていないと思っているのは自分自身だけで何もかもが変わってしまっている……懐かしい故郷に戻ったのに自分が異邦人となってしまっている悲しみ、どこか筒井康隆の「わが良き狼」を思い出して胸が熱くなった。 その上でもう一つ描かれるのが流れた時間の中でかつての友を変えてしまった宮仕えの問題である。勤め人であれば時代はどうあれ上の意向や勤め先の情勢で望まない仕事をする事もあるだろうし、時に理不尽に対して目を瞑らざるを得ない事もあるかと。周りと同じように勤めに出ていれば「あいつも俺も雇われの身だからな」と納得せざるを得ないのだろうが、問題は主人公の清史郎が浪人=フリーターである点である。 10年以上もフリーターに等しいブラブラ生活、仇討の最中といえどどこか勤め人のしがらみに囚われないで過ごしてきた清史郎は良くも悪くもピュアな存在。「なんで勤め人だからってそんな筋の通らない事に目を瞑るんだよ」という青臭さ全開の姿勢で宮仕えの苦労を背負うかつての友人や師に相対するもんだから悶着が起きない筈がない。 ここで読者各位が清史郎の青臭さと旧友である伝兵衛の様な宮仕えに絡めとられた立場のどちらに肩入れするかはお任せするしか無いが、両社がどうしようもなく相容れない生き方を志している事だけはお判りいただけるかと。 つまり清史郎は清史郎で仇討という妄念に囚われているわけだが、その一方で宮仕えには絡めとられていない自由の身である事が浮かび上がってくるのである。安定しているが筋の通らなさを吞まなきゃならない身の上か、明日をも知れない不安定さの中で生きねばならないが自分の思う所に従って生きる日々か……清史郎が最終的に突きつけられる選択は現代を生きる我々にもひどく身近な、それこそ脱サラを考えた事のある方なら痛いほど分かる状況では無いだろうか? かように本作は一人の武士の姿を通じて現代人にも身近な問題として考える切り口となっている……それはそれで非常に素晴らしいんだけど、本作小説として良い出来なのかと問われると困った顔をせざるを得ない。 上でも書いたけど本文が450ページもあるのに、冒頭でご紹介させていただいた清史郎と顔見知りになった武士が斬られるのが300ページを過ぎてから、清史郎自身が襲われる事件に至っては350ページを過ぎてようやく描かれるんである。それじゃそれまでの300ページ近くは何が描かれるかといえば、安良藩の状況や故郷に戻った清史郎を取り巻く人々の様子や藩内で生じた対立の様子が延々と描かれる。 たしかに45年を仇討の身として過ごしてきた武士・蓑原主税とその仇の数奇な人生、茶問屋の女主・おきみの生き様なんかは中々興味深い、それだけで一冊の小説になりそうな興味深さがあるんだけど主人公は清史郎であって、彼の状況に直接大きな変化が生じないと話がちっとも先に進まないというフラストレーションが募るのは避けられない。 いくら澤田瞳子がキャラクターの立たせ方がやたらと上手い作家だといっても300ページも主人公の身に大きな変化が起きない=話が進まない小説を読まされたら「おーい、もういい加減話を進めてくれよ」と苦言の一つも呈したくなるのが人情というものじゃなかろうか(単に「読者のわがまま」と言うのかも知れないが) そんな訳で本作、読者である自分の身に重ねて人生の意味を考える切り口としては非常に良い部分を持っているのだが、小説としてよむと些か「かったるい」出来になっているんである。冒頭で申し上げた評価が難しいという問題もそこにある。テーマも鋭く、ストーリー展開もテキパキしているのであれば理想の作品と言えるがそうはならないんだから世の中難しい。 時間がある時に手に取って(450ページはなかなか読むのが骨だし)あれこれと考える時には向いているが、ドタバタと宮仕えの中の合間に「とりあえず何か手っ取り早く楽しめるやつを」という方にお勧めするのには厳しい、そんな一冊。 | ||||
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