広重ぶるう
評判
広重ぶるうの評価:
4.32/5点 レビュー 25件。 A ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全33件 21〜33 2/2ページ
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広重ぶるうの評価:
4.32/5点 レビュー 25件。 A ランク
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小説の詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。最近閲覧した小説詳細ページへ簡単に戻る事が出来ます。
本名を安藤重右衛門という。デビューからしばらくの間は、あまり売れっ子の絵師ではなかったようだ。定火消同心、安藤源右衛門の息子である。狩野派の絵師、狩野素川(そせん)に学んでいた岡島武左衛門との交流から画を学ぶようになった。
13歳で元服し、火消の仕事を継ぐ。しかし、祖父と仲違いしていたため、家を出て町絵師になろうとして、歌川豊広の弟子になった。
16歳で「広重」の画号をもらい、役者絵、美人画を描いた。
だがなかなか売れず、貧乏な時代が続く。まあ、絵師の仕事を内職ぐらいにしか考えていなかったようなので、当然ではあるが。
それでも、版元の喜三郎の助力で、ベルリンから輸入したプルシアンブルーを使って名所絵を描こうと考えた。そのころ、大画家だった葛飾北斎が富士山を描き、話題になっていた。
川口屋という版元を紹介してもらい、江戸の名所十景を描いた広重だったが、売れ行きは良くなかった。その前に出した花鳥の商品の方が売れ行きは良かった。
しかし、その実績で、初めての弟子ができた。昌吉という少年である。
そして、保栄堂という新しい版元が、東海道五十三次を描いてくれないかという話を持ってくる。収入の少ない時代なので、もちろん引き受けて描いたところ、これが大ヒットした。今まで付き合いのなかった版元からも仕事の依頼が次々に来るようになる。新たに弟子も10人以上増え、人気絵師になった。
時の老中、水野忠邦の改革により、絵師も好きなように描けなくなったが、広重の名所絵には文句が付かず、絵を次々と描き続ける広重。
読みやすい文体である。江戸の文化とともに町絵師の実態がよく分かる作品になっている。いい小説である。