小説十八史略
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小説十八史略の評価:
4.45/5点 レビュー 85件。 A ランク
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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全86件 61〜80 4/5ページ
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小説の詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。最近閲覧した小説詳細ページへ簡単に戻る事が出来ます。
武帝の後継者である戻太子が反乱で死ぬと、残りの皇子にはロクなのがいない。一人、期待できる末っ子がいるが、武帝63歳のときの子なのでどんな人物になるかわからない。武帝はこの末っ子・弗に期待をかける。弗の母親・拳婦人はやがて些細な罪で武帝に処刑される。幼帝が即位すれば母が実権を握ることは目に見えているため、武帝は将来のために拳婦人を処分する。霍去病の異母弟・霍光が弗の後見人となる。武帝は70歳で崩御。弗は8歳で即位し、昭帝となる。
昭帝は賢明だったが、子どもを残すことなく若死する。霍光は、武帝の孫の劉賀をいったんは擁立するが、劉賀は色情狂でこれもイマイチ。庶民として生きていた戻太子の孫を探し出し、劉賀を追い払う。この孫が宣帝として即位。
宣帝は、庶民育ちのせいでしっかりしており、宣帝時代は、地味ながら漢代ではもっとも安定した時代となる。
実務的な宣帝は儒者嫌いだが、宣帝の息子(後の元帝)は情緒的すぎて儒者に傾倒する。次が成帝で、成帝の母の一族に王莽が連なる。とはいえ、王莽もすぐに出世したわけではない。そもそも王莽は王一族との血縁が薄い。王莽は自らの評判を高めるため勤倹に徹する。
王莽は奴隷を殺したからという理由で次男を自殺させている。この差別意識撲滅を感じさせる行動力により下層からの期待が王莽に集まる。王莽は地位が上がってくると、儒教に力を入れ、歴史を掘り起こしては功臣の子孫をさかんに叙勲する。こうして、王莽は上層階級の支持も取り付ける。
長期間にわたる世評工作で、王莽は「聖人」と認められる。平帝を14歳で毒殺し、赤ん坊の劉嬰を選ぶ。でも、赤ん坊だからという理由で即位させない。王莽は、天の威命によりやむを得ず、という形をとり王朝簒奪。国号を「新」とする。これは王莽が最初に新都侯に封じられたから。ちなみに、劉邦は項羽に漢中を与えられて漢王となったから漢を国号とした。地方領主時代の領国の名を全国政権の名にするというパターンはその後も踏襲される。
各地で反乱が起こるころ、70歳近い王莽の生活は乱れ、頭がおかしくなっていた。王莽は、更始帝(漢の皇族)の緑林軍に殺される。
更始帝にしたがった劉秀は、赤眉軍と戦わされるのを避けるために自立。王莽に反対してあちこちで蜂起した反乱軍は、漢の皇族をめいめい擁する。劉姓でない者まで勝手に即位を自称する始末で皇帝だらけ。そんな中、劉秀は即位する(光武帝)。
赤眉軍は更始帝を降したが、赤眉軍もバラバラ。光武帝は洛陽を落とし、統制を失った赤眉軍も破る。緑林軍も赤眉軍も指導者に人を得ず、農民政権を打ち立てることはできず、結局、光武帝という豪族に利用され、政権を奪取されてしまう。
光武帝、明帝、章帝、和帝と続くが、和帝から後漢滅亡までの9人の皇帝はすべて未成年で即位している。幼帝が立つと外戚が強くなる。霊帝は、官職を売って蓄財する。曹操の父、曹嵩は、国防省の地位を金で買っている。
名誉が欲しい者は朝廷の官職を買い、金儲けしたい者は地方の官職を買う。地方で苛酷に徴税する。金で買った官の任期は短いので税金の取り立ては非常に厳しい。
肉体的に劣等感をもっている宦官は宗教に走りやすい。宦官は張角の太平道のお得意だった。張角は宦官の一部を手なずけ、挙兵のときには内応させるつもりだった。しかし、朝廷に計画が漏れ、前倒し決起。前漢末の反乱では緑林軍も赤眉軍も皇族を推戴した。緑林系は更始帝をかつぎだしたし、赤眉系はくじびきで皇族の中から劉盆子を皇帝にした。各地の長官や有力者を味方につけて勢力拡大を図る。一方、後漢末の太平道は漢王朝滅亡を宣言している、つまり、皇族をかつぐ気なんかない。地方長官も殺し、「新しい政権」を志向する。
その他・・・
孔子は宦官に偏見をもっていた。衛の霊公が宦官と同じ車に乗車しているのを見た孔子は、それが理由で衛を去る。
宣帝のころは、人口も増えて、一字の名では同姓同名が増えてきたためか、二字名が増えてくる。しかし、漢末に王莽が「二名の禁」を唱えたため、また一字名ばかりになった。
など。