猫曰く、エスパー課長は役に立たない。
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ライトノベル・ライト文芸といったジャンルにおいては主人公というのは「かっこいい」ものと相場が決まっている。 主人公の独白でいかに「平凡」だの「取り柄が無い」だのと自分の在り方に愚痴めいた事を言っても それはヒーロー的な主人公との比較の上での話であって「中の上」レベルを下回る事は基本あり得ない。 ライト文芸にも「サラリーマン」を主役にした作品は見られるが、概ねヤンエグ風味の「出来るビジネスマン」で 多少落とした所で「今は冴えないが大いに将来性を感じさせる駆け出し会社員」という所か? が、しかし、本作は本当に「冴えないおっさん」を主人公に据えるという「暴挙」ないしは「蛮勇」に打って出た。 主人公の千川兆介はスポーツ用品メーカー「カケフジ」に勤める総務課課長・49歳。 部署はいわゆる「間接部門」であり、50に手が届こうという今となってはいつか来るであろうリストラに怯える毎日。 妻と二人の娘と暮らす家庭に居場所はなく月の小遣いは昼食代込みでなんと1万円。 そのストレスのせいか頭部はいささか寂しい事になっており、毎朝枕元に落ちている抜け毛の本数を数える始末。 趣味は池波正太郎の小説を読むことと、かつて購入した模造刀を手にしての時代劇ごっこ。 しかし、そんな兆介だが人には言えない特殊能力があった。 物や人に付いた「傷」に触れると兆介の意思とは無関係に発動し、その傷にまつわる記憶が 兆介の脳内に再生されるというある種のサイコメトリー的超能力。 この物語はそんな不思議な能力を持った冴えない中年男の物語。 ……って、「冴えない」じゃ済まねーよ、この主人公! 生来の弱気な性格もあって年がら年中テンパり気味なのだけど、事あるごとに挙動不審に陥り過ぎ。 そのキョドリっぷりたるや、かの東西新聞社で勇名を轟かせる「トミー」こと富井副部長とタメを張れるレベル。 第一話で弁当を忘れた事で雨の中食事に出かけ、昼食代の上限(500円!)を80円も上回るラーメンを 清水の舞台でも飛び降りるかのごとき決意を以て注文したのは良いが、セルフサービスの水を汲み過ぎ 零さぬようにプルプルしながら席に戻ろうとしたら、他の席を蹴飛ばして引っ掛けていた傘を蹴飛ばしてしまい、 その弾みで手に水を零したことでティッシュを取ろうとしたら再び他の席を蹴飛ばして 同じ店に来ていた客の傘を倒してしまうという人間ピタゴラスイッチみたいな真似をしでかすのである。 その恐るべきドンくささ加減でもって倒してしまった他人の傘を拾った瞬間に超能力が発動。 上等そうな傘に付いていた傷から流れ込んだ記憶でその持ち主が会社でも噂になっていた 食い逃げの常習犯である事に気付く羽目に。 普通の主人公であればここで鮮やかに食い逃げ犯人を捕まえるなり、犯行を未然に防ぐなりするのだけど、 兆介のキョドりはますます暴走し、遂には店のオヤジや周りの客から「こいつ怪しくないか?」と疑われる事に… 「主人公だって物語中で一度や二度は慌てふためく事もあるだろう」と仰る心優しい読者もおられるかも知れないが、 この兆介という男、全編を通してこの調子なのである。 休憩室で出会ったOLさんにちょっと親切にされたら「ひょっとしたら自分に気があるのでは」と舞い上がるし、 同期で営業部長にまで出世した男に得意先である有名スポーツ学校の競技会にお供させたら 監督がヤクザ顔と言うだけでビビり上がって「え、ひゃ、ひゃい!」「え、えふ、ふ」「うひ、ひぃいい」と 日本語すらろくに喋れなくなって得意先にも動機にも呆れられるといった調子なのだから擁護のし様がない。 東海林さだお辺りが描くだめサラリーマンに一番近いタイプと言えるだろうか? 物語の方はそんな兆介がサイコメトリーの発動と共に関わった人間の「裏の顔」とでも言うべき暗い部分を 知りたくもないのに知ってしまうというのが基本的なパターン。 食事に出掛ければ隣でメシを食う高級そうな仕立てのスーツを着込んだ男は食い逃げ犯だし、 財布を落として探しに出れば財布を拾ったガラの悪そうな少年の反抗期らしい家庭環境を知ってしまうし、 休憩室で出会った派遣のOLさんは(ネタバレ禁止)で卒倒しそうになるし、 人望が欠片も無い兆介にとって唯一の部下だった男は(ネタバレ禁止)で会社を去っていくし… 兆介自身も決して気楽な人生を送っているわけでは無いのだが、他人の裏側を知ってしまえば そこには人に言えない人生の悲喜こもごもが展開されている事を知るに至ってしまう事に。 他人の悩みや隠し事を知った事で兆介が何かできるか、と言えば基本何もしない…というか出来ない。 あくまで秘密を知ってしまった相手が「なるようになる」形で話にケリが付く。 「それじゃ主人公としての存在感が今一つなのでは?」と思う向きもあるかもしれないし、そういう部分は否定できない。 ただ、一人の冴えないサラリーマンがサイコメトラーだからって何かできるのか、と考えれば これはこれでそれなりにリアルな話なのである。 超能力云々を別にしてもうだつの上がらないサラリーマンなりに考える事は多いし、 特に部下の小川が絡んだエピソードでの「人生は仕事の為にあるわけじゃない、でも『会社』は人生の為にあるのだと思うし、 そうあって欲しかった」という兆介の独白にはバブル崩壊後、終身雇用も年功序列も神話としての存在感を失う中で 会社を人生の中心に据える事はもう叶わないと知りながらも、それに代わる軸を見出す事が出来ずにいる この国の多くのサラリーマンの「本音」ともいうべきものが滲み出ている。 同じ中年サラリーマンとしては会社の中に自分の存在意義を感じられない不安感から目を逸らし続けている 欺瞞を突き付けられたようで「ぐっ」と胸が詰まりそうになった。 人間何歳になっても自分の「ちっぽけさ」という不安感から解放される事は無いし、 それは家庭を持とうが、他人の修羅場に立ち会おうが、変わる事は無い。 最終エピソードで亡くなった母親が失った家の権威を取り戻す代わりに少々先の不安な所がある末の息子・兆介の 将来の安泰を願っていた事を知る件では50に手が届いて初めて自覚した「独り立ちの決意」を描くなど、 どこまでいっても、何歳になっても小さな自分と向き合わねばならない人の生涯の厳しさという物を思い知らされた。 …部分的には「あー、これはキツい」と唸らされる事もあるのだけど、 全体的に「まとまり」みたいな物が欠けていたというか、散発的な印象を受けた。 エピソード間にあまり繋がりが無いというか、ミニエピソードの連続と言う感じで「ここがヤマ」という クライマックス感が乏しいというか…うだつの上がらないサラリーマンの日常を描いたらやむを得ないのかもしれないが フィクションとしてはパンチが弱いのではないだろうか? タイトルにある「猫曰く」も落語で言う所の「まくら」としては猫の視点を通じての人間の生きざまを もう少し皮肉る様なエスプリ感みたいなものを強調しないと「つかみ」としては今一つかと。 主人公にさっぱり冴えない中年サラリーマンを据えて、そのキョドリっぷりを赤裸々に描くという試みは面白いし 「ちっぽけな人間」が必死で自分や他人の人生に向き合う姿を描こうとする作者の試みも分かるのだけど、 エピソードに繋がりを欠く事で散発的な印象が拭えないまま終わってしまったような印象を受けた。 「日暮旅人」と違うテイストの作品を書こうという気合は伝わってくるが、人によって結構評価は分かれそうな一冊。 | ||||
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