精神の氷点
- 処女作 (383)
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実は、そこら中に、不倫、淪落は、満ちていたのかも知れない。主人公は、ある悪逆な意志でもって、不倫、淪落に、ことに人妻がその対象として選ばれた、最適であったのだが、それは、この、ある悪逆な意志を持った主人公が、特に他から隔絶して、行われたことではなく、家屋の壁やカーテンで遮られた窓や閉じられた雨戸のため、それが見えないというだけであって、巷には、戦場に夫を送った人妻は溢れており、少なくなった成人男性が、彼のような、ある悪逆な意志など持っていなくても、性欲だけあれば、そして、普通は、性欲はあるものであり、肉と肉を求める男女の言い訳のもとに、そこら中に、不倫は、人妻でなくとも、満ちていたのかも知れない。 時代の風潮というか、社会の間質の中に流れる風潮、イデオロギー、暗黙的な心性のようなものの中の一人物としての、主人公。彼が、悪辣な国家への反発、憎悪から転落し、転落した自己を悪辣なものとしなければ、自己を持することができず、若い娘を手ごめにし、人妻を淪落させ、昔の家庭教師のときの生徒の預金通帳を盗み、知行一致の自分を体現せずばいられなかった、堕落した彼の不倫も、巷で人目に触れられず、むしゃくしゃした気持ちの解消や寂しさや人恋しさやから行われる(だろう)不倫も、時代の、社会の、風潮やイデオロギーや暗黙の心性から免れ得ず行われた、似たりよったりの行為として見えるほど、そのなかで単に流されているだけに見えるほど、時代や、社会やが、巨大であるのは、今も全く変わらない。戦争期の特殊性は、現在の特殊性に比べて、特別その渦中に生きている者にとって、難しい時代、社会ではない(はずである)。 「かくて、水村の『出発準備』(注、出征への)は、完了したのであった」(P124)水村とは、主人公の名である。毎日、毎日、朝、この「出発準備」――人を殺して、自分を殺すという食い込まれた、自己を空にする体験――をしなければ、出勤のできない人があるのを信ずる。この譬えは、成り立つと思う。 戦地への出征と、会社への出勤を、比べるのは 馬鹿げているだろうか。抜け穴のない現実に向かうことという意味では、全く同じであり、これを嗤う者は、戦争期の特殊性は、現在の特殊性に比べて、生き難い時代、社会だと考えるだろう。もしかしたら、(ヒューマニスティックにすぎる)この小説の作者自体が、そうかも知れない。つまり、この私的な感想は、この小説の一部を切り取ったものにすぎず、全体的な感想を全く表していないものにすぎない。 | ||||
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この作品は、「新版おくがき」にて、筆者が「この未完の異様なもの」と言うように、処女作でありながら、人間存在の内部深淵に横たわる「罪」すなわち「どす黒いエゴイズム」というものを、徹底的ニヒリストであり神を信じぬ、さらには左翼的思想の持ち主である主人公水村宏紀の、極めて哲学的で虚無的な内面描写を通して訴え掛けられる、文字通り「異様な」、凄まじき書物です。 戦中・戦後という時代背景ですが、水村は幾らか筆者の分身的人物であり、ある部分では、この作品は自白的作品なのではないだろうかと思いました(もちろん、大西氏が殺人をしたというわけではないけれども)。この処女作を再刊することを、大西氏が相当永く躊躇っていたらしいですが、その理由は、現在『神聖喜劇』を書いた真面目な左翼にしてヒューマニストというイメージで通っている氏にとって、本作には消し去りたい過去というか、「そのころ」の在りのままの自分が描かれている為に、それを世間に晒すことに畏れにも似たような感情を持っていたからかもではないでしょうか。大きな邪推かもしれませんが。 大岡昇平氏や日野啓三氏、そして三島由紀夫氏などの、日本の戦後期の作家に顕著な「虚無(内的廃墟)」というものがひしひしと感じられましたが、それぞれの作家においてその思想はそれぞれに弱冠の差異が見受けられるので、読み比べてみると面白いように思います。本作においては、水村宏紀のグロテスクな行動ないし思想と、最終部の「神はいないからいないのです」という抽象的な表現が、言わばニヒリズムを超えたニヒリズムとでも言い得るものを顕在化させていて、ヒンヤリと身が震えるほどの精神の零度を感じさせられました。 いずれにせよ、この生々しさは、実際に戦時期を生きた人にしか表せないものであり、そしてその時期に生きた人にこそ、持ち得る思想なのであろう。また、莫大な読書量を誇る筆者だけに、文体は色気と艶があり、かなり独自で、語彙も豊富で勉強になった。 | ||||
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