深淵
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大西巨人は、社会の事件なり出来事を取り上げ、そのなかに社会全体 の縮図を読み取り、それを小説として描き出す。本書では、二つの冤 罪・誤判とされる殺人事件を、記憶喪失から回復した、編集者で作家 の主人公が仲間とともに解決していく。その過程で国家権力、マス・ メディア権力だけでなく、小賢しく小狡い人間の立ち振る舞いも批判 の俎上に載せる。 主人公や仲間たちのその倫理的な言動は、読み手に対して、共感より も感銘を与える。共感するには、あまりにも登場人物の器が大き過ぎ る。自分とはかけ離れているため、本書を読み終えた後は、自らの佇 まいを正せねば、という気にすらなる。特に人々の連帯について考え させられた。たとえば、次の一節。 「正しくても、一人で行かない(行き得ない)」者たちが手を握り合 うのは、真の〈連帯〉ではないところの「衆ないし勢を恃むこと」で しかなく、真の〈連帯〉とは「正しいなら、一人でも行く」者たちが 手を握り合うことであり、それこそが、人間の(長い目で見た)当為 にほかなら」ない。(283頁) 真の〈連帯〉とは「正しいなら、一人でも行く」者たちが手を握り合 うこと。ここでは、連帯する前に、個々人が「正しいなら、一人でも 行く」という倫理と勇気が求められる。こうした倫理と勇気を持つ登 場人物たちが、国家権力やマス・メディア権力、ニセ左翼と対峙する、 その姿に読み手は感銘することだろう。 | ||||
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大西巨人は、読み手に対して少しも媚び諂うことがない。だから一度読んだ だけでは本書の面白さはなかなか理解できない。読み手に対してある程度教 養を求めるからだ。そのため、読書経験を積んでから再度読み返してみて、 はじめて本当に本書を楽しむことができるようになると思った。 本書には多くの小説、詩、エッセイなどの作品が魅力的に引用されており、 実際にそれらの作品にふれてから本書を読み返すと、大西巨人の思考と批評 眼が少しずつではあるが明らかになり、また作品に対するの理解も進み、以 前読んだ時とは違った充実感が味わえる。その意味で大西巨人を読むことは、 再読するまでの間の自分の読書経験を試されるのようなものであり、自分に とっては読書のメルクマールである。 なお、本書で引用・言及されている作品は以下の通り(一部のみ)。 『論語』、『孟子』、カフカ『城』、フライ『批評の解剖』、『源平盛衰記』、 レーニン『帝国主義』、ローウェル詩『十年間』、松本清張『ゼロの焦点』、 ジンメル『日々の断想』、太宰治『女の決闘』、クライスト『チリの地震』、 中野重治全集、映画『マディソン郡の橋』、チェーホフ『犬を連れた奥さん』、 ゴーリキー『追憶』、マルケス『予告された殺人の記録』、保坂和志、など。 現役作家では保坂和志『〈私〉という演算』『もうひとつの季節』への言及が あり、主人公は「積極的関心を寄せ」ており、「感興をもって読み終わった」 と記してある。どこか保坂和志には大西巨人に通じるところがあるのかもしれ ない。と思わせる本書は、保坂和志を読み始めるきっかけを与える批評にもな っている。本書は作品を生かす魅力的な引用と言及があることで、小説であり ながら、批評にもなっている贅沢な一冊である。 | ||||
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安いので仕方のないことです。(一つ星はあくまでも本の物理的形体としてのそれです) 読みたい本が入手出来ましたので満足です。 | ||||
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本の価格としてはほとんど送料代である故、古本屋のそれ相当という意味で一つ星。 しかし読みたい本が入手出来ましたので満足しています。 | ||||
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