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鎧なき騎士



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【この小説が収録されている参考書籍】
鎧なき騎士 (創元推理文庫 509-1)
鎧なき騎士 (世界ロマン文庫)

鎧なき騎士の評価: 3.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
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No.1:
(3pt)

流転だらけの人生。彼にとっての幸せとは。

ジェイムズ・ヒルトンといえば代表作は『チップス先生、さようなら』や『失われた地平線』になろうか。前者は一教師の生涯を通じて戦争下の社会情勢を描いた作品であり、後者は今なお使われるシャングリラという理想郷を創出した作品である。

で、本書はといえば趣向は『チップス先生、さようなら』の系譜に連なる物になろうか。
牧師の息子として生まれたエインズリー・ジャーグウィン・フォザギル、通称“A・J・”という男の数奇な運命を通じて日露戦争からロシア革命の頃のロシア情勢を語った作品だ。

このフォザギルという男。特段何か特技や特徴があるわけでもない、ごくごく平凡な男である。
しかしなぜか彼の周りには人が集まり、そしてそのたびに彼は名を変え、身分を変え、そして国籍さえも変えて窮地を脱するのだ。

最初は自分の世話をしてくれた裕福な叔父の秘書フィリッパに惚れるが、彼女は彼の世話人の叔父ヘンリー郷と結婚してしまう。失意のうちにそれまで書評欄を担当していた『彗星』紙に自ら志願して戦争特派員としてロシアに行き、日露戦争の取材をするが、彼はそこで飲んだビールが不衛生なもので体を壊したことで入院し、ロシア語をマスターし、ロシア人とコミュニケーションをとるに至り、戦況よりも戦時下で病院に働く人々や恵まれない生活環境などをテーマに送るようになるが、そんな情報は望んでいない新聞社は彼の代わりの特派員ファーガソンを派遣する。
イギリスに帰る列車の中でたまたま食堂車で隣り合わせた紳士に話しかけると、その人物がとあるロシアのロストフという町の小学校の校長先生で彼の流暢なロシア語に感動して彼に学校の英語教師の職をオファーし、A・J・はそれを受けてロシアに留まることになる。

これが彼のロシアでの数奇な運命の始まりだったのだと云えよう。確かに社に志願して戦争特派員としてロシアの地に赴いたのが彼のロシア生活の始まりではあるが、それは新聞社の社員としてであるため、彼はいわばまだ単に組織の一員に過ぎない。この英語教師への転身がこのA・J・フォザギルという男の運命のスタートラインだ。
しかしこれはまだ端緒に過ぎない。この時の彼はまだ運命という川に翻弄される1艘の笹舟に過ぎないのだ。

そして英語教師に着任した1年後に彼の保護者であったヘンリー卿が亡くなる。つまりこのことが彼を更に束縛から解き放つ。
その後彼はペテルブルグに移って英語の著作物をロシア語に翻訳し、校正する仕事に就く。ただその仕事でロシア皇帝の私生活に触れている箇所があることが見つかり、彼を雇った人物の取り計らいでとりあえず最悪の事態は回避するが、1週間以内にロシアを立ち退くよう通告を受ける。

それ以降も彼の運命は流転する。英国諜報部の嘱託員となり、ペテル・ヴァレシヴィッチ・ウラノフと名乗り、以後ずっとロシアではロシア人として通すことになる。

それから内務大臣暗殺を企ている革命クラブと接触したり、警察に逮捕され、収監されるが、ロシア革命の恩赦で釈放され、移動の列車の中で知り合った大学教授夫妻のために食堂車に紛れ込んで食糧を盗んだところを見つかり、銃殺されそうになったところを返り討ちにして逆にその政府高官に成りすます。
そしてその際に知り合った女囚との出遭いが彼の運命を大きく変える。その女性マリー・アレクサンドリア・アドラクシン伯爵夫人は彼の一生愛すべき存在になるのだ。

ところで人はいつ自分の使命を知るのだろう?
いや自分の生きる使命を知る人間がどれだけいるのだろう?

自分がここに生きる意味、誰かのために生きている、もしくは生かされていると悟る人はそれほどいるとは思えない。

このエインズリー・ジャーグウィン・フォザギルという男は最初は我々のようなごく普通の人物に過ぎなかった。

これが次第に人間味を帯びてくる。彼がそれまでただ成り行きに身を任せ、どうしてか判らないがとんとん拍子に物事がうまく運ぶ、流されキャラだったのがアドラクシン伯爵夫人との邂逅で変わっていく。
最初彼は彼女を赤軍に引き渡すために彼女の旅程の助けをしているだけだったが、次第に彼女の魅力にほだされ、そして彼女と共に生き延びたいとまで思うようになる。
そこから彼は主体性を以て動き出す。彼の生きざまにアドラクシン伯爵夫人と云う軸ができるのだ。

この貴族の出の夫人は達観した考えの持ち主で運命に身をゆだねる人物だった。常に気丈に明るく振舞い、生き延びるために身ずぼらしい農婦の服装を身に着けることをいとわず、むしろその状況を愉しみさえする。
さらにはA・J・が兵士に殺されそうになると銃で彼らを撃つことも躊躇わない度胸を示す。

そして彼女の存在はA・J・の物の見方に彩りをも与える。
それまでの彼は自分のことながらもどこか客観的に物事を見つめ、自分の言動ももう1人の自分が見ているような主体性の欠いた状態で受け入れていたが、初めて彼は彼女のために生き、そして無事にロシアを脱出しようと決意するのだ。
やがてアドラクシン伯爵夫人をダリーと呼び、お互い相思相愛の仲になる。

そんな彼らの逃亡行は貴重な出会いの連続だ。

A・J・とダリーの道行きはそれでもしかし苦難の道のりだった。何度も危ない目にあっては機転や稀有な親切な存在に助けられる。

奥ゆかしくも運命に流されながら、時に抗い、生きてきたエインズリー・ジャーグウィン・フォザギルという男の波乱万丈の人生物語だ。
彼はジャーナリストとして夢を抱いてロシアに飛ぶが、求められた記事を書かなかったことで帰国を命じられる。その後はただ出遭う人の申し出に乗って色んな職に就き、また時には周囲の勘違いから政府の役人になったという偶然の連続で生き延びた男だった。
そう、彼は自ら選んだ道では上手く行かず、周囲の要請や提案に従ったことが彼を生かした。

何とも奇妙な男である。
当時のロシア革命真っただ中の、赤軍と白軍、つまり社会主義派と反革命派がそれぞれの街で拮抗する特異な情勢の中でその場その場を潜り抜けるには流れに身を任せるのが唯一の生存手段だったのかもしれない。

自分の意志を貫こうとすれば叶わず、周囲に流されることで自分が生かされた男フォザギル。
なんと虚しい男であることか。
題名の鎧なき騎士とは彼のことを指すのだろうが、個人的にはいささかピンと来ない。

虚しき騎士の物語、それがこの物語に相応しいと思うがどうだろうか。


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