永遠の0

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評判

永遠の0の評価:

3.96/5点 レビュー 2,077件。 S ランク

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平均点3.96pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全788件 221〜240 12/40ページ
No.568
(1pt)

過去名作の寄せ集め?

メディア戦略に成功してヒットした本作。
読むと同様のテーマを扱った過去作品を寄せ集めたパクリ作品でした。
もちろん文献として大量の作品が列挙されていますし、歴史物なので内容が似るのは当然。
しかし本作は全く同じ台詞が大量に登場するなど、度をこえています。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.567
(2pt)

単なる、そして残念な剽窃

本作は戦争を知らない世代の若い姉弟が、ふとした切欠で特攻隊員やその周辺に居た戦争体験者への取材を行うことなり、それが進んでいくに従い彼らの中に戦争観が構築されていく、という内容になっている。同時にその取材対象の主である宮部の物語が時を経て昇華する、という多重構造である。

だが前者はここの多くの評者から指摘されるように、過去の戦記文学からの剽窃が多数見受けられる。著者は本文庫576頁にそれらの参考文献を列挙しているが、だからと言って剽窃の謗りを免れるわけではない。というのも本文中でそれら作品内の文章を全く完全に引用しているにもかかわらず、そこではそれを自作の登場人物の述懐としているからだ。そしてそこに引用の注釈はない。そうなると、この引用された言葉を述べている、筆者いうところの戦争体験者とは一体何なのだ?実際は体験せず戦後そうした文献を読んで半可通に振舞っている偽者と変わりないではないか。

後者に至っては参考文献にも挙げられていない、いや挙げることすら不可能ではあろうが、同じくここの評者に指摘される浅田次郎氏の「壬生義士伝」をなぞったに等しいキャラクター造形である。と言うより、既にこの世にない、あるいは現役を退いた過去の人物を調べるうちに謎が明かされる、という逆行構造は実のところ壬生義士伝でも採用されている浅田次郎お得意の方法なので、余計に類似性が際立つのだ。

本作はそれに加えて、遠藤周作が死海のほとりで用いたような時系列の異なる2つのストーリーラインの円錐螺旋構造による進行方法をとっており、円錐の頂点で統合される本作での目的は読者の感動である。したがって読者がこれを読んで感動するも涙するも全て筆者の意図の通りだと思われるのでそれは何ら不思議なことではない。現時点においては恥じる必要も無いだろう。
しかし本作を読んで感動し涙した読者が、万が一将来上記の底本に触れたとき感じさせられる恥辱を思うと、本作の罪は重い。
本作を手に取った読者諸氏は是非、576頁の参考文献をまず先に読まれることを勧める。

さてそれでも本作に読み所が無いか、と言われるとそうでもない。とりもなおさず感心したのは、戦争に対して比較的中庸たらんとし、また比較的合理たらんとした姿勢である。これは参考とした諸文献の殆どが同じく中庸合理に徹していることからも分かる。皮肉なことにそれらを剽窃しているため余計によく分かる。こうした姿勢はともすれば両極に振れ勝ちなノイジー層に辟易するサイレント層の飢餓感をよく充足すると思う。特に軍上層部への批判として、実のところ我々が思い描き勝ちな無能な上層部という無名の存在は、同時に思い描く有能な個人としての著名な悲劇の英雄達が、集団を構成した際に畢竟堕する別面であることに踏み込んでいる点は高く評価したい。

全くもって、これが全て筆者の筆によるものであれば、と思わずにいられない残念な作品である。
その場合、理想的な作品が出来上がるかどうかは全くの不明だが。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.566
(2pt)

単なる、そして残念な剽窃

本作は戦争を知らない世代の若い姉弟が、ふとした切欠で特攻隊員やその周辺に居た戦争体験者への取材を行うことなり、それが進んでいくに従い彼らの中に戦争観が構築されていく、という内容になっている。同時にその取材対象の主である宮部の物語が時を経て昇華する、という多重構造である。

だが前者はここの多くの評者から指摘されるように、過去の戦記文学からの剽窃が多数見受けられる。著者は本文庫576頁にそれらの参考文献を列挙しているが、だからと言って剽窃の謗りを免れるわけではない。というのも本文中でそれら作品内の文章を全く完全に引用しているにもかかわらず、そこではそれを自作の登場人物の述懐としているからだ。そしてそこに引用の注釈はない。そうなると、この引用された言葉を述べている、筆者いうところの戦争体験者とは一体何なのだ?実際は体験せず戦後そうした文献を読んで半可通に振舞っている偽者と変わりないではないか。

後者に至っては参考文献にも挙げられていない、いや挙げることすら不可能ではあろうが、同じくここの評者に指摘される浅田次郎氏の「壬生義士伝」をなぞったに等しいキャラクター造形である。と言うより、既にこの世にない、あるいは現役を退いた過去の人物を調べるうちに謎が明かされる、という逆行構造は実のところ壬生義士伝でも採用されている浅田次郎お得意の方法なので、余計に類似性が際立つのだ。

本作はそれに加えて、遠藤周作が死海のほとりで用いたような時系列の異なる2つのストーリーラインの円錐螺旋構造による進行方法をとっており、円錐の頂点で統合される本作での目的は読者の感動である。したがって読者がこれを読んで感動するも涙するも全て筆者の意図の通りだと思われるのでそれは何ら不思議なことではない。現時点においては恥じる必要も無いだろう。
しかし本作を読んで感動し涙した読者が、万が一将来上記の底本に触れたとき感じさせられる恥辱を思うと、本作の罪は重い。
本作を手に取った読者諸氏は是非、576頁の参考文献をまず先に読まれることを勧める。

さてそれでも本作に読み所が無いか、と言われるとそうでもない。とりもなおさず感心したのは、戦争に対して比較的中庸たらんとし、また比較的合理たらんとした姿勢である。これは参考とした諸文献の殆どが同じく中庸合理に徹していることからも分かる。皮肉なことにそれらを剽窃しているため余計によく分かる。こうした姿勢はともすれば両極に振れ勝ちなノイジー層に辟易するサイレント層の飢餓感をよく充足すると思う。特に軍上層部への批判として、実のところ我々が思い描き勝ちな無能な上層部という無名の存在は、同時に思い描く有能な個人としての著名な悲劇の英雄達が、集団を構成した際に畢竟堕する別面であることに踏み込んでいる点は高く評価したい。

全くもって、これが全て筆者の筆によるものであれば、と思わずにいられない残念な作品である。
その場合、理想的な作品が出来上がるかどうかは全くの不明だが。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.565
(1pt)

ツマンナイ

ほかの著書の部分盗作集。とてもオマージュ、リスペクトされたとはいえない使いかた。
多くの出版社で認められなかったのは、担当者が良作であることを見抜けなかったんじゃなくて、
猿真似作だって肌で感じとったからでしょうね。
売れる作品=良作ではないからしょうがないけど・・・定価で買わなくてよかった。
一般的な評価が正しいわけではないって証明してくれたということでは意味ある作品かもしれませんね。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.564
(1pt)

ツマンナイ

ほかの著書の部分盗作集。とてもオマージュ、リスペクトされたとはいえない使いかた。
多くの出版社で認められなかったのは、担当者が良作であることを見抜けなかったんじゃなくて、
猿真似作だって肌で感じとったからでしょうね。
売れる作品=良作ではないからしょうがないけど・・・定価で買わなくてよかった。
一般的な評価が正しいわけではないって証明してくれたということでは意味ある作品かもしれませんね。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.563
(1pt)

何百万部も売れたってホントですか?

まず何より、無駄に長すぎ!盗作も疑われてもいるくらいの薀蓄をひけらかしたかったのかも
しれませんが、主人公(?)の宮部を語るためには無用の戦況解説ばかりが続きます。
その手の話に全然興味の無い私はそんな部分は殆ど読み飛ばしてしまいました。
 そして根幹であるはずの宮部の人物像解析ですが、下位の階級や年下の兵にも丁寧語を使う理由が
少しも明かされていないし、「妻子のために必ず生きて還る!」と強く誓っていた彼が
あっさりと特攻を志願し、しかも帰還できるかもしれない機を部下にあけ渡した心境も
さっぱりわかりません。解説で故・児玉清氏が「涙をこらえられなかった」なんて書いていましたが、
えっ、どこで泣けば良かったの?と私には不思議でなりませんでした。
五百頁近く読むのにはけっこう根気が要りました。奪われた時間を返してほしいです。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.562
(1pt)

何百万部も売れたってホントですか?

まず何より、無駄に長すぎ!盗作も疑われてもいるくらいの薀蓄をひけらかしたかったのかも
しれませんが、主人公(?)の宮部を語るためには無用の戦況解説ばかりが続きます。
その手の話に全然興味の無い私はそんな部分は殆ど読み飛ばしてしまいました。
 そして根幹であるはずの宮部の人物像解析ですが、下位の階級や年下の兵にも丁寧語を使う理由が
少しも明かされていないし、「妻子のために必ず生きて還る!」と強く誓っていた彼が
あっさりと特攻を志願し、しかも帰還できるかもしれない機を部下にあけ渡した心境も
さっぱりわかりません。解説で故・児玉清氏が「涙をこらえられなかった」なんて書いていましたが、
えっ、どこで泣けば良かったの?と私には不思議でなりませんでした。
五百頁近く読むのにはけっこう根気が要りました。奪われた時間を返してほしいです。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.561
(1pt)

感動した読者への裏切り

家に転がっていたので読んでみました。
浅田次郎ファンサイトとかで
二次創作として書いてたら誰も怒らなかったでしょう。

読後にレビューで知った「大空のサムライ」も読んでみて、
百田氏の評価は自分の中で地の底まで落ちました。
これを読んで感動していた家族が、盗作に欺かれていたかと思うと
余計に腹がたちます。

盗作、虚偽記載、脅しと続き、
ご自分の力を考えれば
無理も通ると思われたのかもしれませんが
天網恢々疎にして漏らさず
人生は坂を転がるがごとくですね。

自分は安倍さんや平沼さんが好きな
どちらかというと右巻きな人間です。
百田さんの著作批判は政治思想絡みだと
百田さんがミスリードしようとしているので
本のレビューにこんなくだらないことを書きました。
盗作や、嘘で人を陥れる行為は、右も左も無く卑劣です。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.560
(1pt)

感動した読者への裏切り

家に転がっていたので読んでみました。
浅田次郎ファンサイトとかで
二次創作として書いてたら誰も怒らなかったでしょう。

読後にレビューで知った「大空のサムライ」も読んでみて、
百田氏の評価は自分の中で地の底まで落ちました。
これを読んで感動していた家族が、盗作に欺かれていたかと思うと
余計に腹がたちます。

盗作、虚偽記載、脅しと続き、
ご自分の力を考えれば
無理も通ると思われたのかもしれませんが
天網恢々疎にして漏らさず
人生は坂を転がるがごとくですね。

自分は安倍さんや平沼さんが好きな
どちらかというと右巻きな人間です。
百田さんの著作批判は政治思想絡みだと
百田さんがミスリードしようとしているので
本のレビューにこんなくだらないことを書きました。
盗作や、嘘で人を陥れる行為は、右も左も無く卑劣です。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.559
(1pt)

つまらん

つまんなかったです。
こういう煽る感じの文章、頭悪い感じがして嫌いです。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.558
(1pt)

つまらん

つまんなかったです。
こういう煽る感じの文章、頭悪い感じがして嫌いです。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.557
(1pt)

戦争小説として一番やってはいけないこと

この本を読んだのは一昨年の夏季休講時であるが、今回初めてレビューというものを書いてみる気になった。

 まず、私は特攻隊員の苦悩に対して敬意を持っているが、この作者が作中で用いた描写と構成の浅はかさには問題があるということを言っておきたい。

この作品は作中の登場人物の性格や会話を通して作者の一面的な考え方を安易に代弁しているようにしか読めないし、また、実際に特攻に出る隊員の感情を創作で描き、感情移入しやすいつくりとなっているので、バリバリの大衆芸能であろう。

ここで使う大衆芸能というのは芸術と違って客観的な読み方を求められないので主観的に娯楽として楽しめるゲームと同じ感覚であるが、果たして先の戦争を扱った小説が大衆芸能で良いのであろうか?

特攻隊員の気持ちを理解しようという心掛けは大切であるが、私たちは隊員の遺品や証言を集めても本当の気持ちは確かめられないという事実は忘れてはいけない。

もし仮に戦争作品で心理を創作によって描きたいのであれば、作中の隊員自身に直接戦争についての考えを語らせてはならず、明らかに殉死した特攻隊員以外に誰にも事実を確かめられようのない事象を創作し、作中の登場人物の行為のみを通して思いを描くべきだ。

それならば、作者の創作としての隊員に対する鎮魂歌として成立する。

 世界には後世に残された優れた戦争文学がたくさんあるが、どれも苦悩に満ちており、実際に戦争を経験した作家でさえも、戦争を文学で描く場合に限っては、自身が体験した心身の傷の痛みや殺しの感触かつ客観的な事実のみを通して、要するに本当に自分の知っていることだけを使って描くジャーナリズムの視点を徹底しているように感じる。

そして、そもそも作者が芸術作品を作ろうとしたのであれば、知識や教訓というものは作品を美しくするためのツールでしかなく、芸術作品自体が直接現実に対して力を持つことはないということを知っておくべきだ。

読者は作品を通してモノを考えようとはするが、教訓や知識だけならまだしも、あからさまに作者の主張のみを聞かせてくれとは願っていないと思う。

特攻隊員の感情を直接創作することを通して読者の感情を揺さぶる描写はやめたほうが良い。

特攻隊員を含めたあの時代を生きた人々を愚弄していると感じる。

この小説は私の少ない読書経験の中では最低だった。

もしもこの作品が文学好きな海外の国々で翻訳されるようなことがあれば恥ずかしい。

 ここまでで芸術という用語を連発してきたが、私は芸術が大衆芸能より優れているとは思っておらず、同等だと考えている。

作家の中には、芸術と大衆芸能のどちらに属しているか判別し難いにも関わらず、素晴らしい戦争小説を描いている方々もおられるが、それはおそらく戦争自体ではなく、大いに個人的な体験にスポットを当てているからだと思う。

要するに配慮のある使い分けが大切なのだ。

愛国だとかそういったレッテルとは一切関わりなく、この本は戦争小説として一番やってはいけないことをしてしまっていると私は感じる。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.556
(1pt)

作家ではなく、編集者であり、セールスマン

文章それ自体、そして文章の構成、という面では、非常に浅く、幼稚。
これは、意図的に平易な文面にしたというよりは、
そもそもこの程度の文面しか書く能力がなかった、という方が適切な印象を受けた。

本書が、ここまで大きく取り上げられたのは、
元ネタとなる文献が、良作だったから。
著者の作家としての力量ではない。

つまりは、百地氏がやったことと言えば、
色々な作品から、良い場面を抜き出して、それを切り貼りし、
「永遠の0」という別の作品(に見えるもの)を生み出した、ということ。

よって、百地氏は、作家というよりは、編集者。

更に言うと、本書は、ビジネス面、マーケティングの面で、巧妙だった。
各メディアを動員し、消費者をして、
「最近、話題の本だから、読んでみようかな」と思わせたこと。

よって、百地氏は、作家というよりは、セールスマン。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.555
(1pt)

浅薄極まりない

軽い。とにかく軽い。
他の方がおっしゃっているように、ライトノベル的な筆致で書かれています。

取材相手の話内容はともかく、浅はかで不勉強な主人公姉弟が相槌をうつもんだから…。戦争を経験された方々や飛行機乗りの方々を、無闇に貶めているようで不快でした。

テロと同じ?特攻隊が民間の機関につっこんだかよ。ふざけんな。

誰の意見を投影したのか知らんが(不勉強な)、もう少し考えてものを言わせろ。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.554
(1pt)

戦争小説として一番やってはいけないこと

この本を読んだのは一昨年の夏季休講時であるが、今回初めてレビューというものを書いてみる気になった。

 まず、私は特攻隊員の苦悩に対して敬意を持っているが、この作者が作中で用いた描写と構成の浅はかさには問題があるということを言っておきたい。

この作品は作中の登場人物の性格や会話を通して作者の一面的な考え方を安易に代弁しているようにしか読めないし、また、実際に特攻に出る隊員の感情を創作で描き、感情移入しやすいつくりとなっているので、バリバリの大衆芸能であろう。

ここで使う大衆芸能というのは芸術と違って客観的な読み方を求められないので主観的に娯楽として楽しめるゲームと同じ感覚であるが、果たして先の戦争を扱った小説が大衆芸能で良いのであろうか?

特攻隊員の気持ちを理解しようという心掛けは大切であるが、私たちは隊員の遺品や証言を集めても本当の気持ちは確かめられないという事実は忘れてはいけない。

もし仮に戦争作品で心理を創作によって描きたいのであれば、作中の隊員自身に直接戦争についての考えを語らせてはならず、明らかに殉死した特攻隊員以外に誰にも事実を確かめられようのない事象を創作し、作中の登場人物の行為のみを通して思いを描くべきだ。

それならば、作者の創作としての隊員に対する鎮魂歌として成立する。

 世界には後世に残された優れた戦争文学がたくさんあるが、どれも苦悩に満ちており、実際に戦争を経験した作家でさえも、戦争を文学で描く場合に限っては、自身が体験した心身の傷の痛みや殺しの感触かつ客観的な事実のみを通して、要するに本当に自分の知っていることだけを使って描くジャーナリズムの視点を徹底しているように感じる。

そして、そもそも作者が芸術作品を作ろうとしたのであれば、知識や教訓というものは作品を美しくするためのツールでしかなく、芸術作品自体が直接現実に対して力を持つことはないということを知っておくべきだ。

読者は作品を通してモノを考えようとはするが、教訓や知識だけならまだしも、あからさまに作者の主張のみを聞かせてくれとは願っていないと思う。

特攻隊員の感情を直接創作することを通して読者の感情を揺さぶる描写はやめたほうが良い。

特攻隊員を含めたあの時代を生きた人々を愚弄していると感じる。

この小説は私の少ない読書経験の中では最低だった。

もしもこの作品が文学好きな海外の国々で翻訳されるようなことがあれば恥ずかしい。

 ここまでで芸術という用語を連発してきたが、私は芸術が大衆芸能より優れているとは思っておらず、同等だと考えている。

作家の中には、芸術と大衆芸能のどちらに属しているか判別し難いにも関わらず、素晴らしい戦争小説を描いている方々もおられるが、それはおそらく戦争自体ではなく、大いに個人的な体験にスポットを当てているからだと思う。

要するに配慮のある使い分けが大切なのだ。

愛国だとかそういったレッテルとは一切関わりなく、この本は戦争小説として一番やってはいけないことをしてしまっていると私は感じる。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.553
(1pt)

作家ではなく、編集者であり、セールスマン

文章それ自体、そして文章の構成、という面では、非常に浅く、幼稚。
これは、意図的に平易な文面にしたというよりは、
そもそもこの程度の文面しか書く能力がなかった、という方が適切な印象を受けた。

本書が、ここまで大きく取り上げられたのは、
元ネタとなる文献が、良作だったから。
著者の作家としての力量ではない。

つまりは、百地氏がやったことと言えば、
色々な作品から、良い場面を抜き出して、それを切り貼りし、
「永遠の0」という別の作品(に見えるもの)を生み出した、ということ。

よって、百地氏は、作家というよりは、編集者。

更に言うと、本書は、ビジネス面、マーケティングの面で、巧妙だった。
各メディアを動員し、消費者をして、
「最近、話題の本だから、読んでみようかな」と思わせたこと。

よって、百地氏は、作家というよりは、セールスマン。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.552
(1pt)

浅薄極まりない

軽い。とにかく軽い。
他の方がおっしゃっているように、ライトノベル的な筆致で書かれています。

取材相手の話内容はともかく、浅はかで不勉強な主人公姉弟が相槌をうつもんだから…。戦争を経験された方々や飛行機乗りの方々を、無闇に貶めているようで不快でした。

テロと同じ?特攻隊が民間の機関につっこんだかよ。ふざけんな。

誰の意見を投影したのか知らんが(不勉強な)、もう少し考えてものを言わせろ。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.551
(2pt)

この感動は危険

最初から嫌な予感がしてました(笑)。」と書きましたが、何故か?

とにかく全編に渡り

『日本軍は人の命を粗末にしてバカ』

『アメリカは人の命を大切にして素晴らしい』

そのリピートが酷すぎる(笑)。

これは事実ではありますが、アメリカは自国民と白人以外の命はなんとも思っていない国です。

他にも色々あり過ぎですが、いくつか抜粋して書いてみます。

スミソニアン博物館に展示してある特攻兵器・桜花。
そこには『BAKA-BOMB』と書いてあり、それを見た者が泣き出します。

当然、「バカにされてムカついた」のだろうと思ったのですが、

「本当にバカな作戦だった・・・」

これが理由だったという件。
(そこじゃないだろ!)

重要人物である景浦介山。

「今は命懸けなんて言葉だけ、笑わせるんじゃねえ。」

「シャバの命のやり取り、空の上の戦いより甘い世界。」

ここまでの流れからの影響で、全く迫力を感じません。

ここで、何故か景浦から宮本武蔵の話が出てきます。

「生涯に何度か逃げている。勝てない相手とは決して戦わない・・・それが剣の極意」

自分が宮本武蔵、ヒクソン・グレイシーに全く惹かれないのがこの為です。

「生死がかかってるんだから当然」

そう言われるでしょう。

しかし、自分は負けると分かっていても戦わねばならぬ時もある・・・

『負け戦の美学』もあり得る・・・それが日本人だと思ってます。

負ければ日本滅亡。
当時世界最大・最強の殺戮集団『元』の言いがかりから開戦させられた二度の元寇。

普通に考えたら絶対に勝てない相手・・・しかし、戦ってみせた『北条時宗』

どんな手を使っても豊臣を潰す。
そんな天下人目前の徳川家康。
意地のみで、20万の東軍に3500の兵で突入した大阪夏の陣に於ける『真田幸村』

いつの間にか官軍から賊軍にされ、盟友たちが散っても政府軍に最期まで抗った、新撰組副長『土方歳三』

腐敗する明治政府に立ち上がり、たった一人のカリスマ性のみで、九州全土から最強の精鋭三万人を集めた『西郷隆盛』

自分の立ち位置すら定まらぬ朝鮮半島。
ロシアの南下政策に対し、やむ無き戦いに巻き込まれ、世界二位のロシアを撃破してみせた『日本』

そして、絶対に勝てない相手でありながらも、人種差別を撤廃しない国際ルール無視の悪の枢軸アメリカと戦うしか無かった『日本』

この作者百田氏は、日本の戦いに含まれていた正統性、武士道精神にある優位性、アメリカの非道などは殆んど触れません。
むしろ、否定しています。

それで物語を構築してる訳ですが、全体の整合性の無さを感じてました。

調べると色んな作品をパクりまくりだそうで・・・だから、様々な人の話を聞くこのスタイルなのかも知れません。

なるほど、ことの真偽は分かりませんが、恐らくそういうことの結果なのでしょう。

新聞社の高山と武田のやり取りも笑えました。

武田は、高山の仕事である新聞社を批判します。

「さんざん煽っておいて、戦後変節」

「戦前を否定、大衆に迎合、愛国心を奪った」

これは、新聞社の責任だと糾弾します。
(これは真実、合ってます。)

この新聞社というのは、まんま朝日新聞のオマージュなのでしょう。
現実のモデルも狂った報道ばかりしています。

これに対し高山は

「特攻は殉教的自爆テロのテロリストと同じ」
(アホか?)

宮部の死に対し、景浦最後には・・・

「日本などどうなってもよかった!」
(はぁ?)

そして、その高山と姉さんのラブストーリーが、激しく邪魔でした。

叩きまくるだけならバカでも出来ますので、良かった部分も書きます。

1、無関心層に訴えるには充分な内容。

まず、知ってもらう入り口はこれで良いのだと思います。

ジャニーズを利用してでも、ここにまず立ってもらう。

その切っ掛けとして、大ブームを起こした。この点は認めます。

2、日本の死闘、その詳細な作戦内容は事実を擁して、詳しく描かれています。

無謀な戦いの中で一矢を報いた戦闘。

空母四隻を失ったミッドウェー海戦で、最後の一隻となりながら反撃・・・米空母ヨークタウンを撃破した飛龍の戦いなど。

日本の敢闘精神はかなり表されていましたので、ここも認めます。

3、「最初に乗る筈だった飛行機を替えてくれと言わなければ、助かっていたのは宮部さんだったかも知れません」

この前後のストーリーの組み立てと、急展開。
ここは素直に「さすがプロだな」と感じました。

それでも、やはりこれは良くない作品であると断言せざるを得ません。

一見あの戦争の真実に迫っているようで、まるで間違った方向性になってしまっています。

これを読んだ無関心な若者は感動してくれるかも知れません。

しかし、それは・・・

「命を大切にしなきゃいけない」

「あんな時代の日本に生まれなくて良かった」

「やはり昭和は狂っていた」

「アメリカの精神が正しいな」

という方向へ導きかねない感動です。

百田氏は、この作品で神風のみならず、戦艦大和の沖縄特攻さえも

「犬死にである」

と、作品中でまとめてしまっていますが、これは絶対に間違ってます。

同時に、宮部という主人公の思想が絶対的に正しい訳でもありません。

犬死にだったか?

犬死にでは無かったのか?

確かに作戦自体は、生還不可能な無謀なものだったでしょう。
それを主導した軍部と上層部も狂っていました。

しかし、その命を賭けた14,009名の全ての特攻作戦の犠牲者。

1945年4月7日、天一号作戦(連合艦隊最後の水上特攻)での4,021名の犠牲者。

そして、大東亜戦争の総死者3,100,000名。
(犠牲者数は全て諸説あり)

そのほぼ全ての日本人は何の為に戦い、何を願ったのか?
それは・・・

「未来の輝ける日本の為」

「これからを生きる日本人を守る為」

だった筈です。

「日本は間違っていた」

「ミッドウェーでの作戦ミスが無ければ」

「もっと早く降伏していれば」

「戦争なんてやらなければ」

そんなifを語ることなど彼らは望んでいないでしょう。

先人の方々のこの死を無意味なものにしない為に、日本人は日本人としての心と道を継承していかなければならない・・・

そのように自分は考えます。

批判が多くなってしまいましたが、百田尚樹氏の『永遠の0』によって、その道への隙間は開いたのではないか? それは強く感じます。

ドラマや映画にもなっていますが、この点を歪曲せず、演じる役者の皆さまも覚悟をもって演じていただけることを願ってやみません。
(無理でしょうが)

彼らの尊い死を、犬死ににするもしないもここから先の日本人次第。

今、日本に生きている日本人全員に、その責務があります。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
406276413X
No.550
(2pt)

この感動は危険

最初から嫌な予感がしてました(笑)。」と書きましたが、何故か?

とにかく全編に渡り

『日本軍は人の命を粗末にしてバカ』

『アメリカは人の命を大切にして素晴らしい』

そのリピートが酷すぎる(笑)。

これは事実ではありますが、アメリカは自国民と白人以外の命はなんとも思っていない国です。

他にも色々あり過ぎですが、いくつか抜粋して書いてみます。

スミソニアン博物館に展示してある特攻兵器・桜花。
そこには『BAKA-BOMB』と書いてあり、それを見た者が泣き出します。

当然、「バカにされてムカついた」のだろうと思ったのですが、

「本当にバカな作戦だった・・・」

これが理由だったという件。
(そこじゃないだろ!)

重要人物である景浦介山。

「今は命懸けなんて言葉だけ、笑わせるんじゃねえ。」

「シャバの命のやり取り、空の上の戦いより甘い世界。」

ここまでの流れからの影響で、全く迫力を感じません。

ここで、何故か景浦から宮本武蔵の話が出てきます。

「生涯に何度か逃げている。勝てない相手とは決して戦わない・・・それが剣の極意」

自分が宮本武蔵、ヒクソン・グレイシーに全く惹かれないのがこの為です。

「生死がかかってるんだから当然」

そう言われるでしょう。

しかし、自分は負けると分かっていても戦わねばならぬ時もある・・・

『負け戦の美学』もあり得る・・・それが日本人だと思ってます。

負ければ日本滅亡。
当時世界最大・最強の殺戮集団『元』の言いがかりから開戦させられた二度の元寇。

普通に考えたら絶対に勝てない相手・・・しかし、戦ってみせた『北条時宗』

どんな手を使っても豊臣を潰す。
そんな天下人目前の徳川家康。
意地のみで、20万の東軍に3500の兵で突入した大阪夏の陣に於ける『真田幸村』

いつの間にか官軍から賊軍にされ、盟友たちが散っても政府軍に最期まで抗った、新撰組副長『土方歳三』

腐敗する明治政府に立ち上がり、たった一人のカリスマ性のみで、九州全土から最強の精鋭三万人を集めた『西郷隆盛』

自分の立ち位置すら定まらぬ朝鮮半島。
ロシアの南下政策に対し、やむ無き戦いに巻き込まれ、世界二位のロシアを撃破してみせた『日本』

そして、絶対に勝てない相手でありながらも、人種差別を撤廃しない国際ルール無視の悪の枢軸アメリカと戦うしか無かった『日本』

この作者百田氏は、日本の戦いに含まれていた正統性、武士道精神にある優位性、アメリカの非道などは殆んど触れません。
むしろ、否定しています。

それで物語を構築してる訳ですが、全体の整合性の無さを感じてました。

調べると色んな作品をパクりまくりだそうで・・・だから、様々な人の話を聞くこのスタイルなのかも知れません。

なるほど、ことの真偽は分かりませんが、恐らくそういうことの結果なのでしょう。

新聞社の高山と武田のやり取りも笑えました。

武田は、高山の仕事である新聞社を批判します。

「さんざん煽っておいて、戦後変節」

「戦前を否定、大衆に迎合、愛国心を奪った」

これは、新聞社の責任だと糾弾します。
(これは真実、合ってます。)

この新聞社というのは、まんま朝日新聞のオマージュなのでしょう。
現実のモデルも狂った報道ばかりしています。

これに対し高山は

「特攻は殉教的自爆テロのテロリストと同じ」
(アホか?)

宮部の死に対し、景浦最後には・・・

「日本などどうなってもよかった!」
(はぁ?)

そして、その高山と姉さんのラブストーリーが、激しく邪魔でした。

叩きまくるだけならバカでも出来ますので、良かった部分も書きます。

1、無関心層に訴えるには充分な内容。

まず、知ってもらう入り口はこれで良いのだと思います。

ジャニーズを利用してでも、ここにまず立ってもらう。

その切っ掛けとして、大ブームを起こした。この点は認めます。

2、日本の死闘、その詳細な作戦内容は事実を擁して、詳しく描かれています。

無謀な戦いの中で一矢を報いた戦闘。

空母四隻を失ったミッドウェー海戦で、最後の一隻となりながら反撃・・・米空母ヨークタウンを撃破した飛龍の戦いなど。

日本の敢闘精神はかなり表されていましたので、ここも認めます。

3、「最初に乗る筈だった飛行機を替えてくれと言わなければ、助かっていたのは宮部さんだったかも知れません」

この前後のストーリーの組み立てと、急展開。
ここは素直に「さすがプロだな」と感じました。

それでも、やはりこれは良くない作品であると断言せざるを得ません。

一見あの戦争の真実に迫っているようで、まるで間違った方向性になってしまっています。

これを読んだ無関心な若者は感動してくれるかも知れません。

しかし、それは・・・

「命を大切にしなきゃいけない」

「あんな時代の日本に生まれなくて良かった」

「やはり昭和は狂っていた」

「アメリカの精神が正しいな」

という方向へ導きかねない感動です。

百田氏は、この作品で神風のみならず、戦艦大和の沖縄特攻さえも

「犬死にである」

と、作品中でまとめてしまっていますが、これは絶対に間違ってます。

同時に、宮部という主人公の思想が絶対的に正しい訳でもありません。

犬死にだったか?

犬死にでは無かったのか?

確かに作戦自体は、生還不可能な無謀なものだったでしょう。
それを主導した軍部と上層部も狂っていました。

しかし、その命を賭けた14,009名の全ての特攻作戦の犠牲者。

1945年4月7日、天一号作戦(連合艦隊最後の水上特攻)での4,021名の犠牲者。

そして、大東亜戦争の総死者3,100,000名。
(犠牲者数は全て諸説あり)

そのほぼ全ての日本人は何の為に戦い、何を願ったのか?
それは・・・

「未来の輝ける日本の為」

「これからを生きる日本人を守る為」

だった筈です。

「日本は間違っていた」

「ミッドウェーでの作戦ミスが無ければ」

「もっと早く降伏していれば」

「戦争なんてやらなければ」

そんなifを語ることなど彼らは望んでいないでしょう。

先人の方々のこの死を無意味なものにしない為に、日本人は日本人としての心と道を継承していかなければならない・・・

そのように自分は考えます。

批判が多くなってしまいましたが、百田尚樹氏の『永遠の0』によって、その道への隙間は開いたのではないか? それは強く感じます。

ドラマや映画にもなっていますが、この点を歪曲せず、演じる役者の皆さまも覚悟をもって演じていただけることを願ってやみません。
(無理でしょうが)

彼らの尊い死を、犬死ににするもしないもここから先の日本人次第。

今、日本に生きている日本人全員に、その責務があります。
永遠の0 (ゼロ) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (ゼロ)より
4778310268
No.549
(1pt)

作者が何を書きたいのかわからない

映画化され、とても評判になっていたので読んでみました。
結論から言うとなぜこんな本が売れたのかわからない。読むのを途中からやめたくなりました。
いろいろな文献から引っ張ってきたような情報を登場人物に話させているだけの雑な構成でした。

百田氏の著書はほかにも「殉愛」を読みましたが、改めてこの人の文章の稚拙さを実感しました。
もうこの人の作品は読まないと思います。
永遠の0 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 永遠の0 (講談社文庫)より
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