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吸血鬼ドラキュラ
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吸血鬼ドラキュラの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.30pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全32件 21~32 2/2ページ
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| スピーディでセンセーショナルな娯楽に慣れきった現代人の感覚にはそぐわないだろうと思いきや、これがどうしてなかなか。 著者は演劇畑で相当鳴らした方らしく、話の運びが大変にお上手。ついつい先へ先へと引き込まれます。 ただ、背筋も凍るような怖さは、ないです。 「ひょっとしてこんな化け物がこの街に・・・?ひゃああ!」って読めた刊行当時のロンドンっ子がうらやましいですね。ホラーファンとしては。 スティーブンキングが、この物語にインスピレーションを受けて『呪われた町』ってのを書いてます。それも怖くはないです。 でも面白いです。ご興味があれば、ぜひ。そしてそれが面白かったら、『ペットセマタリー』へどうぞ(布教に熱心な信者)。 | ||||
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| 【あらすじ】 ロンドンで家を探しているドラキュラ伯爵の元を、弁理士のジョナサン・ハーカーが訪ねる。 イギリスからトランシルヴァニアまでの遠路を旅してきたジョナサンを、伯爵は丁重にもて なしてくれた。 しかし、城への滞在を長引かせようとする伯爵の正体とその真意に、ジョナサンは気が付く。 伯爵は、何世紀も生き長らえてきた吸血鬼であり、ジョナサンは城に監禁されていたのだ。 そして伯爵自身はジョナサンを城に閉じ込めたまま、イギリスへ旅立とうとしている。 イギリスに愛する婚約者ミナを残してきているジョナサンは、城からの脱出を試みるが―― 【感想】 数ある吸血鬼映画の原典ですが、映画から入って本書を読んだ方は、各々の映画が相当な脚色・改変 をしていたという事実に驚かされるでしょう。 原作を忠実に映像化したと言われる、フランシス・コッポラ監督の『ドラキュラ』を例にあげて、 映画との違いをあげてみますと…… (1) ミナとドラキュラ伯爵の恋愛話は一切出てきません。従って、他の吸血鬼映画でも登場する、ジョナサン の持っていたミナの写真を見て、ドラキュラ伯爵が興味を持つといったシーンはありません。 (2) ドラキュラ伯爵が吸血鬼になった経緯も、並々ならぬ才知を持った人間であったことから、不死者に変じたというもので、敵の計略によって奥さんが自殺してしまったその哀しみ・絶望から……といった背景は全くありません。完全なモンスターとして描かれています。 この2点が違えば、完全なる別物でしょう。他にも数多くの違いがありますので、まだ映画しか観ていない……という方は、是非本書も読んでみてください。映画では謎だった個所が解明されるなど、とても興味深い内容です。 ジョナサンのドラキュラ城への旅の行程が事細かに記されているので、あの恐怖の城へいつ辿りつくんだろう……と、読んでいて緊張感が高まりました。重々しい感じがひしひしと伝わってきます。ただ、その行程ががっつり描かれているので、人によっては長く冗長に感じられてしまうかもしれません。旅の様子だけでなく、全体的に濃厚なので、辛抱強い方でないと途中で飽きてしまうかな……とも思います。 また、全体的に翻訳が洋風ではなく和風の為(当時の翻訳が、日本人にも分かるように、日本的な描写を……というものだった為仕方ありませんが)、日本の時代小説を読んでいる気分になります(笑)本書の訳は勿論達者なのですが、個人的には洋風の新訳版も出ないかな……と期待してしまいます。 一番面白いのは、やはりジョナサンが伯爵に監禁されている序盤でしょうか。伯爵や城の怪奇性にハラハラさせられました。 中盤から終盤にかけては、完全にモンスター退治です。伯爵にしてやられたりしながら、追い詰めていきます。 吸血鬼の特殊能力はたくさん出てきますが、そこまで強そうな感じはしませんでした。十字架や聖餅に弱いなどの制約があり、捨て台詞を残して逃げるなど……そんなにかっこ良い描写がされていないからだと思います。その辺りは少し物足りない気もしました。 とは言え、濃厚な吸血鬼の世界は十分に堪能できましたので、読んで良かったと思います。 | ||||
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| 実は、わたしが最初に読んだ大人向きの本が、創元文庫の「吸血鬼ドラキュラ」だった。当時は小学生で、日記と書簡に依る構成と云うのに衝撃を覚えたものだった。それから数年して出たのがこの完訳版なのだが、長らく気付いていなかった。今回読み直してみると子供の頃に読んだ時よりも冗長に感じられるが、当時の版では省かれていた部分が入った事に依るのか、それとも読む側の見方が昔と変わったのか・・・ いずれにせよ、今、読んでも名作だと想える。ちなみに、ドラキュラは今、読んでみると邪悪と云うより異形の者であり人間の敵であったから倒されたと云う事が判る。 | ||||
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| 吸血鬼がここまで有名になったのは、この本のおかげなのは百も二百も承知。今日に伝わる吸血鬼の原型はこの作品にあると言っても過言ではない。おどろおどろしい恐怖はない。しかし登場人物達の心理描写が秀逸でドラキュラに対する畏怖を追体験する形になっている。十九世紀の小説だが今も新鮮に読める傑作 | ||||
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| 「ドラキュラ」と言えば、誰もが耳にしたことのあるはずの吸血鬼の名前・・・。でもその原作を読んだことのある人は、今ではかなり少ないのではと思います。でもやっぱり、ドラキュラ伯爵というたった一人の名をこれだけ世界中に世紀を超えて印象付けている物語・・・実際に読んでみると、書かれてから100年以上経っている作品にも関わらず、複数の人物の日記や電報、蝋管式蓄音機による口述によって構成されるその緻密で幻想的なその物語は、ホラーなどというレッテルじみたジャンルなどには全くはまりきらない素晴らしい作品です。汽車と馬車を乗り継いで東ヨーロッパの田舎を旅しながら書かれた紀行文学のように始まり、霧を透かしてガス燈の灯が灯る19世紀のロンドンへ・・・。クリストファー・リーでもヴェラ・ルゴシでもゲイリー・オールドマンでもなく、ブラッド・ピットやトム・クルーズ、はたまたロバート・パティンソンなどでも決してなく、この100年間で作られた何百もの脚色を廃したデフォルトの吸血鬼像は、やはりこのブラム・ストーカーの小説の中にこそ生き続けている気がします。近年になってこの物語の作者の孫にあたるダクレ・ストーカーによって''正統''な続編が執筆されたばかりで、いずれこの日本でも翻訳され出版に至るのではないかと秘かに期待していますが、19世紀末に生まれて以来、永遠の命を持ち続ける呪われた物語・・・そのまさしく原型である「吸血鬼ドラキュラ」・・・今では古風にも感じられる平井呈一氏によるその訳文も味わい一入で、一読の価値は大いに有りです。 | ||||
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| 文句のつけようがないくらい面白い!! ドラキュラ伯爵がジワリジワリと迫ってくる恐怖は読んでいるこちらも背筋が寒くなる。身の回りに起こる怪奇の数々。 ヘルシング教授と共に事件の解決に乗り出す後半も、いつ伯爵の反撃があるのか、常に緊張を持ち続けながらスリリングな体験をさせてくれる。 | ||||
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| 訳者の平井呈一さんが日本に紹介したこの作品。 文体が古いと感じる方もいるでしょうが、 やはり黄金期のイギリスの怪奇小説は 平井さんの翻訳にかなうものはありません。 是非この版で読んで欲しいし、 創元社さんにも改訳しては欲しくない、 というのがオールドファンの胸中です。 「今さらドラキュラなんて・・・」と 思ってる方も一度読んで欲しい!! 100年以上前の小説なのに、まわりくどさ、 退屈さがほとんど感じられません。 スティーブン・キングしか読んだことのない ホラーファンが、古典に入る絶好の入り口 じゃないでしょうか? ワクワクドキドキ、子供の頃に 戻った気分になれて、しかも 大人の読書にも耐えうる、素晴らしい古典ですね!! | ||||
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| 何かに載ってたダイジェストが面白かったので買ったんですが、ダイジェストと違って日記や電報などで話が構成されているので小学生だったその当時は読むのかなりきつかったです。今では好きなんですがやっぱり長すぎるとも思います。その後観たハマー版の吸血鬼ドラキュラもだいぶ違う作品になってるなって思いました。もしハマー版のドラキュラを観て面白いと思って原作読もうと思ってる人はほとんど別物なのでちょっとキツいかもしれません。ヘルシングもそんなに活躍するわけじゃないです。 | ||||
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| まさに「ドラキュラ」の原点です。 なぜ「吸血鬼」の原点と表現しなかったかというと、「吸血鬼」自体は本書が執筆される以前から、伝説などで存在していました。 ですが、後に映画をはじめとする各種メディアでの「吸血鬼」や「ドラキュラ」は、まさしくここから始まったのだと言えると思います。 ドラキュラの名前を知らない方は、誰もいないと思います。しかし、ドラキュラの起源を知っている方はかなり少ないと思います。 吸血鬼ものやドラキュラものの映画や各種作品を続けて読みたい、と思われた方は、その前に原点を本書で確認することをお奨めします。 吸血鬼ドラキュラ=太陽に弱い、というのが世間の常識ですが、原点となる本書では、ドラキュラは真昼間から歩いています。それだけでも個人的には衝撃でした(ちなみに、90年代に作られたドラキュラの映画は、これを正しく反映してました)。 訳が古いので、ちょっと読みにくいかもしれませんが。 | ||||
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| ドラキュラ物の原点中の原点であるこの作品。物語の本質はドラキュラの恐ろしさではない。 未知の脅威を前にしても人間は地に足をつけて誠実に、そして前向きに対処しなければならない。 そして人間という無力な存在の底力が発揮されるとき神は決して人間を見放さない。 これはホラーではなく人間賛歌の物語である。 登場人物の心理描写が丁寧なので物語の展開が遅い。 そこがこの小説のよいところ。 | ||||
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| 巷にあふれるすべてのドラキュラ物の原点となる作品でありゴシック的な重厚な雰囲気を感じさせる。作品はすべて複数の人々の日記形式でかかれており、それでいて引き込まれてゆくようなひとつのストーリーを形成していてとても読み応えがある。吸血鬼物のバイブル的な作品であり吸血鬼好きにはぜひ一読をお勧めする。 | ||||
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| みんなが知っているようでその実、詳しいことを知らない吸血鬼ドラキュラ。映画で描かれたものが本当だと思っていると、ちょっとちがう。 ワラキア王としてトルコと戦い続け、敵兵を串刺し処刑にしたことから、「ヴラド・ツェペシ(串刺し王ヴラド)」とも呼ばれた「ヴラド・ドラキュラ」がブラム・ストーカーによりその経歴のまま吸血鬼となってよみがえっている。 ただ、この翻訳者がかなりの高齢であったため、訳文にはちょっと今の感覚では着いて行けません。 | ||||
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