聖者は口を閉ざす
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TVの脚本家をやめて故郷の学校で創作を教えることになった男が何者かに襲撃され・・・というお話。 襲撃された主人公に当たる登場人物がその襲撃者のことを知っているようなのに何故か口を閉ざし、もう一人の主人公にあたる婦警がその謎に踏み込んでいく・・・というのが大体の主筋でそこに周辺社会の諸問題や諸相が傍筋として絡んでくるという社会派の言ってみればクライム・ノヴェル。 この、主人公が何故口を閉ざすのかという主筋の謎は一応解かれますが、その悲しい真相は胸を強く打つものがありました。ここで描かれるドラマは醜悪で不条理な現実の社会でもあり得る決して他人事ではない分、悲しみは一層深くなると思いました。 傍筋の現代社会の活写も舞台はアメリカなれど、どこの国でもあり得る普遍性があり、色々考えさせられると感じました。 最近翻訳された「黄金の街」でも感慨をだきましたが、この著者のプライスという人は市井の庶民が抱える問題を常に意識いて作品を書くタイプのようで、そこが正にプライスという人の真骨頂に思えました。 著者は本職はシナリオライターで小説はあまり沢山書く方ではない方らしいですが、絶版になっているものの復刊や未訳の作品の紹介も期待したいところです。 | ||||
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物語の舞台は、NY郊外の低所得者向け団地。ドッラグに暴力に貧困。このどうしようもなく荒んだ街でも子供たちは暮らしている。父親は、ドラッグ中毒で暴力をふるう。母親は、アル中で夕方まで起き出してこない。ただの貧乏とは違う。多くの子供たちが、この社会の最下層に閉じ込められ、もがいているうちに人生の谷底に落ちていく。 主人公レイは、LAでシナリオライターとして成功し、エミー賞の候補にまでなり、故郷の貧民街に戻って来る。一見、凱旋帰国のようだが、レイの心は病んでいる。シナリオライターとしての成功は偶然の産物で、レイには教師をくびになり、堕落して麻薬中毒になり、妻に離婚され、娘を取られ、ほとんど廃人同然の生活をしていたという過去を持つ。 原題の"Samaritan"とは、聖書にでてくる『困っている人に親切な人々』サマリタンのことで、エピグラフ(題辞)にはマタイ福音書にある『人に認められたくてした善行の戒め』の句が描かれている。レイは、自分の心の傷の癒しを求め、現時点での見返りを求め、周りの人々に次々に施しをしていくが、自分のアパートで鈍器で頭を殴られ脳挫傷するという事件に巻き込まれる。 物語の展開自体は、『誰がレイの頭を殴ったのか?』というスリラー小説仕立てで、鈍器で殴られるまでのレイの視点(過去)とそれを捜査する旧友の視点(現在)が章ごとに交差しながら謎が解き明かされていく。しかし、一般の推理小説のように手に汗握るような感覚はない。なぜなら、物語の中心は、レイの心の中の葛藤なのだから。 人物描写は、脇役の人物も含め、心の襞まで微に細にわたり描き込まれている。これにより、アメリカ社会の下層で生きる人々の閉塞感を肌で感じることができる。その一方でストーリー展開の面白さが損なわれている。エンターテメントが読みたいのか、心の叫びが聞きたいのか、どちらが好きかで、この本の評価は分かれるだろう。 欧米社会では『強い自我』を持つことが人間の基本としてあるが、レイの心の弱さぶり(アンチ・ヒーロー)には時として歯がゆさを感じる。 | ||||
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ハリウッドでテレビドラマの脚本家として名声を得たレイは、すべてを捨てて故郷であるニュージャージーに帰ってくる。そこで彼はボランティアとして高校の創作講座の講師をはじめる。貧困にあえぐ人種の坩堝となった生まれ故郷。そこで彼は静かに善意を施して生きていこうと思っていたのだが、ある日何者かが彼の頭を殴打し、瀕死の重傷を負ってしまう。だが、一命をとりとめた彼は誰に殴られたのかを一切明かさない。事件を担当することになったレイの幼なじみでもあるネリーズは、真相を探るべくレイに関わる人々に話を聞いてまわるのだが・・・・。 物語は、レイが殴られる前と殴られた後を交互に描くことによって事件の真相をあぶりだしてゆく手法をとっている。ここで光ってくるのが、この物語が描こうとしている『善行』だ。善行とは施しである。施しとは恵むことだ。恵みすなわちいつくしみ。そしていつくしみとは慈愛のことなのだ。そう、行き着くところは『愛』なのだ。愛があって善行となる。だが、この愛を自分のためにつかうか、人のためにつかうかで恵みは人を傷つけることにもなるのである。その境界線は曖昧だ。自分にそのつもりがなかったとしても勝手に解釈される場合もあるし、自分の本意とは違った解釈にとられる場合もある。そして、事件は起こった。さまざまな思惑をはらんで人々が動き、一点に集約されていく。 ここではさまざまな悲劇が語られる。誰もがなんらかの物語を内包しており、それを語ることによって人々の心を動かしていくのである。本書で描かれるのは真実の物語だ。ここには真実がある。一読忘れがたい物語だ。上下二段組で550ページと非常に長い物語だが、読んでソンはない。 | ||||
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