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湯布院の奇妙な下宿屋の評価:
4.50/10点 レビュー 2件。 D ランク
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平均点4.50pt
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レシピ通りに作られた本格ミステリ
「嘘の上塗り」という言葉があるが、この小説の真相が正にその言葉がぴったりだと思った。二重に仕掛けられた本作のトリック、作者の中では結構自信があったのだろうが、私に云わせれば、無理を通すために道理を引っ込めさせ、強引に驚愕の真相へ持って行ったという感じしかしなかった。作中で探偵役の一尺屋が持論を確立させるために何度も真相を云い直しているのも気になる。曰く、「君を見た瞬間、それは叔父さんは驚いたのだろうね。弟に息子がいたなんて知らなかったんだから。そのショックで心臓が止まっても仕方が無い」「信号音は君が叔父にナイフでも突きつけて聞きだしたのだろう。・・・殺される!という恐怖が叔父を死に至らしめたのかもしれない」といった具合だ。この間、1ページも無いのである。しかも逢ったことのない叔父の家の間取りやら数々の企み、そしてそれらを成功させる数々の仕掛けを遠方で母親の話を聞いただけや関連の書物を読んだだけ、はたまた何度か由布院に訪れただけで解るだろうか?人間なんて新しい環境に慣れるのでさえ、2ヶ月は最低必要である。東京でフリーターをして日銭を稼いでいる若者に果たしてこれだけの事が出来るのか?現実味の無い話である。こういった辻褄併せのような論理の積み重ねが読書の興趣をそそるどころか、ああ、無理をしているなぁという苦労が作品の裏側から透けて見え、なんとも痛々しい。そして、この作家特有の類型的な人物像の乱立。どこに小説としての面白みがあろうか?相変わらず、島田氏の提唱する本格推理小説作法に則っているのだが、なんとも味気ない。心動かされる何かがない。料理本の云うとおりに料理を作れば、確かにそれなりの物は出来、食べられる代物にもなる。しかし、人に提供して金を取るだけの商品にはならない。そこに料理人としての独特の味付けをしないことには単なる素人の手遊びである。毎度毎度苦言を呈して申し訳ないが、6作を通じて得た感想はこういった類いの痛罵しか思い浮かばなかった。 ▼以下、ネタバレ感想
「嘘の上塗り」という言葉があるが、この小説の真相が正にその言葉がぴったりだと思った。
二重に仕掛けられた本作のトリック、作者の中では結構自信があったのだろうが、私に云わせれば、無理を通すために道理を引っ込めさせ、強引に驚愕の真相へ持って行ったという感じしかしなかった。
作中で探偵役の一尺屋が持論を確立させるために何度も真相を云い直しているのも気になる。曰く、
「君を見た瞬間、それは叔父さんは驚いたのだろうね。弟に息子がいたなんて知らなかったんだから。そのショックで心臓が止まっても仕方が無い」
「信号音は君が叔父にナイフでも突きつけて聞きだしたのだろう。・・・殺される!という恐怖が叔父を死に至らしめたのかもしれない」
といった具合だ。
この間、1ページも無いのである。
しかも逢ったことのない叔父の家の間取りやら数々の企み、そしてそれらを成功させる数々の仕掛けを遠方で母親の話を聞いただけや関連の書物を読んだだけ、はたまた何度か由布院に訪れただけで解るだろうか?
人間なんて新しい環境に慣れるのでさえ、2ヶ月は最低必要である。東京でフリーターをして日銭を稼いでいる若者に果たしてこれだけの事が出来るのか?現実味の無い話である。
こういった辻褄併せのような論理の積み重ねが読書の興趣をそそるどころか、ああ、無理をしているなぁという苦労が作品の裏側から透けて見え、なんとも痛々しい。
そして、この作家特有の類型的な人物像の乱立。どこに小説としての面白みがあろうか?相変わらず、島田氏の提唱する本格推理小説作法に則っているのだが、なんとも味気ない。心動かされる何かがない。
料理本の云うとおりに料理を作れば、確かにそれなりの物は出来、食べられる代物にもなる。しかし、人に提供して金を取るだけの商品にはならない。そこに料理人としての独特の味付けをしないことには単なる素人の手遊びである。
毎度毎度苦言を呈して申し訳ないが、6作を通じて得た感想はこういった類いの痛罵しか思い浮かばなかった。
▼以下、ネタバレ感想