【佐伯泰英】
流れの勘蔵
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豊島屋の隠居・清蔵が金座裏に姿を見せた。「倅に十代目を継がせたいので、後見方をお願いしたい」という。
鎌倉河岸の八重桜が花を咲かせた二月、金座裏の親分・宗五郎と番頭格の八百亀、酒問屋豊島屋の隠居・清蔵、呉服屋松坂屋の隠居・松六の四人が、吉原の三浦屋へ登楼した。
定廻り同心・寺坂の町廻りに同行した政次らは、呉服店松坂屋で不審な男女ふたり組に遭遇した。
師走も半ば、金座裏では総出で大掃除を終えた後、差し入れの河豚料理に、皆で舌鼓をうっていた。
享和二年(一八〇ニ年)の残暑の朝、十一代目の元気な泣き声が、鎌倉河岸に響きわたっていた。
仲秋八月一日は、吉原でも「八朔」と称して大紋日であった。またその日は、白無垢を着た花魁道中が行われるのが仕来りだ。
江戸・三十間堀の小さな町道場が、怪しい証文を盾にした男たちから狙われている。
桜の季節を迎えた江戸。金座裏では宗五郎一家の飼い猫・菊小僧が姿をくらます騒ぎが起きていた。
江戸の暑い夏の日、金座裏では、十代目の政次の妻・しほの産月が近づいていた。
奉公人たちの藪入りの時期、金座裏では、亮吉の考案により大店などから頂いた品々を宝引きで分ける遊びを楽しんでいた。
寛政五年十月、江戸を見舞った大火事のあと、吉原に大勢の客が押し寄せる。
長く廓の用心棒であった神守幹次郎が吉原を率いる八代目頭取四郎兵衛に就任、御免色里の大改革が始まった。
端午の節句のその日、大門前に立った男女。一年余の京での修業を終え、吉原に戻った神守幹次郎と加門麻であった。
金座裏の宗五郎たちが、湯治旅で熱海峠に差し掛った頃、江戸鎌倉河岸では、金座裏十代目政次の許へ、蝋燭問屋・三徳の隠居をめぐる騒ぎが持ち込まれていた。