店仕舞い
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古今、日本の母は総領息子だけが大事。 大事にし過ぎて、輪をかけたろくでなしに育ち、 代々続いた家を破滅させたり、店(今なら会社)を破産させる。 現在、長男大事で溺愛する余り、とんでもない事態に陥っている家系に心当たりのある人も多いだろう。 長男が性悪女にひっかかり、さらに一家の主まで取り込まれ、店も閉店の憂き目にあうが、 奥の妻は、知らぬ存ぜぬの被害者面。 縄張りないのことだからと、店と一家を取り戻せるよう、金座裏は一家をあげて尽力する。 以下、ネタばれ。 一番の元凶の、母親は長男を失っただけで、何の咎も受けず、店も再建できそうな成り行きに、 消化不良気味になるが、最愛の長男を失ったことが母親への罰だったとするなら、それもありか…。 程よい速度と筆致に、一気に読ませるのは、さすが、と言える。 3時間前後。 | ||||
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待ってました。 やっと出た一冊です。 まだ読んでませんがとにかく手元において読む順番待ちです。 | ||||
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著者のお得意の分野であるスリルとサスペンスがテンポよく展開されていて、面白い読み物に仕上げられている。技術やノウハウの伝承の問題も裏に仕込まれていて、読者は退屈しない。 | ||||
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『鎌倉河岸捕物控』(26)『閉門謹慎』から続く、 楽しい楽しい、時代小説『鎌倉河岸捕物控』の粗捜し。 こちらの作家先生が、ここんところ数作品で立て続けにやらかしたような、日本のお話しでもなければ、江戸時代の物語でもないプロットの時代小説という時代考証上のミステイクは、今回この27作目『店仕舞い』では見当たらなかったね。 おめでとう、だね。 そりゃー、まぁ、推理小説としてみたとき、主人公が事件を探る途中、何一つ推理に逡巡することもなければ、捜査の壁に突きあたることもなく、まいどスラスラスラと犯人に辿り着いちゃうのって、ストーリーとしては単調で詰まらないこと夥しいが、時代考証上のチョンボを指摘するのが狙いの本レビューとは別の問題なんで、ここでは小説の出来、不出来には触れない。 さて、このシリーズ27作目、この『店仕舞い』のチョンボは「赤門」だ。 『 加賀金沢藩前田家江戸藩邸は、中山道に面して十万三千八百坪と広大な拝領地が広がっていた。宗五郎は、神田川に彦四郎の猪牙舟を待たせて徒歩で加賀藩の江戸藩邸まで歩き、御守殿門、この界隈で単に、「赤門」と呼ばれる門前に立った… 』 今回の舞台は、加賀金沢百万石前田家のお家騒動ってね。北陸新幹線開通記念かな? とにかく、悪い家臣が前田家にいて、こいつがお家のお金を横領しようと企てたってお話なのね。 で、「金座裏の宗五郎親分」が本郷の前田家上屋敷を訪ねるんだが、それが不可解なことに、この「赤門」の前で門番さんに、『 ご免なすって下さいまし。手前、金座裏の御用聞き宗五郎でございます……中略……公儀御用の長俊次様にご挨拶できないものかと……中略……お取次ぎをお願い申し上げる次第でございます 』と声を掛けるんだわ。 たったこれだけの内で3つもチョンボ。 これだから、この『鎌倉河岸……』の粗捜しっての、辞められなくなっちゃうんだよねぇ。 1.この通称「赤門」って、現在は東京大学本郷キャンパスのシンボルになっているけれど、もとはといえば将軍家の姫君様が嫁いだ先で御住いになる御殿の門を言うもんなのね。だから東大の赤門に限ったものではないんだが、現在では、もうこれ一つだけしか残っていないんで「国宝」建造物に指定されているってわけ。それで、この前田家上屋敷にある赤門って、徳川11代将軍家斉公の21番目の姫君「溶姫」様が前田斉泰候に嫁いだ文政10年(1827年)頃に新築されたもの。だから、その二十何年も時代が遡るこの享和3年(1803年)に、こんな真赤に塗った御門なんかが前田家のお屋敷に立っているはずがないのよ。 こちらの作家先生さん、どうやら安政4年(1857年)版のお江戸の地図を、小説を書く下敷き史料にお使いのご様子で、安政4年から50年も遡った寛政9年~享和3年のお江戸を舞台にするストーリーを書いていながら、北町奉行所の所在地を間違えたり、この手のチョンボをチョロチョロやらかすねぇ。 2.それと、宗五郎親分が訪ねる先は、前田家「公儀御用」という役職で「八家お年寄り」という御身分の「長俊次(※通名、甲斐守)」様なんだそうだが、御守殿門とは、御降嫁した公方様の姫君様が御住いになる御殿の出入口門なんで、江戸城本丸御殿なら「大奥」の通用門みたいなもの。現在でも東大正門は赤門とは別にあるが、御住い様のお女中衆に用事があるわけでもなし、前田家のお殿様がおいでの表御殿に勤めるお役人を訪ねるのに事欠いて、宗五郎親分さん、なんでまた酔狂にも女御殿なんかのほうに行っちゃったのかしら? 前田家上屋敷の表御殿の正門は、ちょっと手前にある「黒門」のほうだよ。 要は、赤門あるいは御守殿門というものが、どういう由来の御門なのか、ご存知ないって次第なんだろうな。 3.おやまぁ、宗五郎親分ったら、このシリーズ27冊目で初めて「手前」って、人様に向かって自らへりくだった一人称を使ったよ。まいど相手構わず「わっし」「わし」で、これまで一度だけ「おれ」。 それと宗五郎親分さん、自分から「御用聞き」って言っているけど、こういうのは一種の尊称なんで、自分の口から申し立てるものではないのよね。公式には「手先」だが、お相手が加賀百万石前田家上屋敷の門番さんでは、「お上の御用を承っている…」と言って十手を出しても通用しないだろうし、さてねぇ。ここは単純に「常盤橋御門外、金座裏に住まい致します宗五郎と申す者でございますが……」ってくらいしかないだろうな。このシリーズ、いつものことだが、政次若親分にしても、『 「番頭さん、ちょいと訊ねたいことがあるのでございますよ」……中略……「…若親分の丁寧な言葉使いを…」 』とか、『 「纐纈修三郎、地藏寺佳胤、佐竹七之助、覚悟なされ」 政次があくまで松坂屋の手代時代の丁寧な言葉で… 』などなど、こちらの作家先生さん、しきりに「丁寧な言葉」を強調するんだけれども、「どこが丁寧なのか? 」って言うようなでたらめな言葉使いで、よほど敬語の扱いに不慣れらしく、まるで尊敬語、謙譲語、丁寧語の使い分けが成っちゃないんで閉口させられちゃうんだよねぇ。こんなのって子供たちの国語教育に良くないよ。 それと、まいどながら作中に出て来るお侍の名前が、通名、実名(※忌み名)取り混ぜてごちゃごちゃ。長俊次や地藏寺佳胤は実名(※ヒント、実名は漢字を訓読みする事例が圧倒的)だし、修三郎、七之助は通名(※「郎」「助」は身分のしるし)だ。江戸時代のお侍は、通名と実名と、名前を2段重ねて持っていたって、こんな簡単なこと、どうしていつまでも勉強しようとしないのか。「笑いものにされているのはご自分ですよ」って気付かないのかしら、こちらの作家先生さん。 『 豊島屋の隠居の清蔵が慌ただしく金座裏に姿を見せた。……中略……門前で応対したのは番頭格の八百亀だ… 』 あれれ、いつの間に金座裏に「門」なんか造っちゃったのかしら。前は、たしか「格子戸」だったはずだけどねぇ。 江戸時代、ご公儀(※幕府)は町家に「門」を設けることを許さなかった。 お屋敷に「門」を構えることはご身分あるお武家さまに限った特権だったのね。お侍でも30俵2人扶持の町方同心なんかの軽輩は、家屋敷に「門構え」は許されなかったしね。 町方なら、「奈良屋、樽屋、喜多村」の年寄3家や、御用商人の金座後藤、呉服後藤など名字帯刀を許された町人たちは家屋敷に門を構えたものだし、街道筋なんかだと、お大名お旗本がお泊りになるような「本陣」「脇本陣」には「門」が設えてあったけれど、こういうのは例外。町方の家屋に「門」は拙いよ。ふつうは「戸口(※こぐち)」とか「木戸」と言うところだね。 『 遠くから時鐘が響いてきた。どこの時鐘であろう、馴染みがない鐘の音だった。陽射しの具合からして、昼九つ(正午頃)か八つ(午後二時頃)の時鐘かと亮吉は推量した 』だってさ。 この『鎌倉河岸捕物控』の粗捜しっての、最初に関心を持ったのは、シリーズ(1)『橘花の仇』で、こちらの作家先生さんが、「暮れ六つだから、まだ明るかった」とか、暮れ六つから1時間も経って「あたりが薄暗くなってきた」とかやらかすんで、江戸時代の時刻制度が、現在のような明石標準時24時間制の定時法とは異なる「不定時法」だったってことも知らずに平っちゃらで時代小説を書き散らす大胆な作家先生さんなんだってことに興味を持ってしまったからなのね。 以来十何年か、ぜんぜん勉強する気にならないらしく、こんなチョンボを相変わらず繰り返しているんだねぇ。 「九つ」といえば捨て鐘が3つ、少し間を置いて本鐘が9つで都合12回、「八つ」なら3+8=11回鐘の音が聞こえて来るはず。陽射しの具合なんかであて推量しなくたって、鐘の音が何回鳴るのかを数えたら、いま何刻ってピタリ分かっちゃうはずなんじゃないかねぇ。お天気が悪かったら、どうするの? 突っつきだすとキリがなく、まいど、この粗捜しのレビュー、「長い」ってお叱りを被ることもあるんで、今回はここまでにしておくわね。楽しみにしてまっせ、次回もチョンボだらけ。 | ||||
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今回はテンポ良く、動きがあり話しが滑らかだったように思う。 作者のコメントでよく出てくる終わりを見据えて!の気分が今回は作品に色濃く反映されていた。 今までのような金座裏を囲む面々の近況よりも、主人公3人を中心に据え、3人三様で働き場所があり、それぞれの良い面が描かれていたように思う。亮吉がいつも貧乏くじを引いている感が否めなかったが、今回はダメダメな亮吉ながらの成長が見えて、私としては満足。 しほや夏吉ちゃんは完全脇役。次回はこちらの様子が描かれたらまた楽しそう。 | ||||
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