蓼喰ふ虫
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
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評判
蓼喰ふ虫の評価:
0.00/10点 レビュー 0件。 - ランク
蓼喰ふ虫の総合評価:
9.00/10点 レビュー 2件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
Amazonレビュー
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私は、本書は、てっきり三角関係が主題の小説かと思っていたが、小説の中心は淡路島の人形浄瑠璃(文楽)を中心とする文化の紹介である。本書は本文が241頁あり、その註解として53頁が費やされている。この註解により、小説に書かれている古典芸能などを中心とする深い背景が書かれており、谷崎の造詣がわかるとともに、この註解なしには、小説の味わいは浅いものになってしまうのではと思えるほどである。なお、この註解には、小説とは関係の薄い解説もあるが、それも蘊蓄として興味あるものが多い(例、「梅田」は「埋田」に由来する、p258)。新聞小説として連載された時の小出楢重の挿絵がすべて本書に掲載されているのも魅力。
「蓼喰う虫」は、谷崎が、「生計の苦労を知らずに、極めて悠々たる月日を過ごした」時に、「はっきりしたプランの持ち合わせ」もなく書き出した小説p314.進行形である三角(四角)関係を、本人たちの同意なく、新聞小説に書いているので、「蓼喰う虫」においては、この三角関係は、物語の背景に、時々出て来る程度の話であり、よって始まりも帰結もない。
谷崎にとっての女性と人形芝居に対するスタンスは、次の一文から女性蔑視と芸能に対する興味が明らか。「人形のやうな女(=妻の父の妾)を連れて、人形芝居のやうな扮装で、わざわざ淡路まで古い人形を捜しに来る老人(=妻の父)の生活におのづからなる安楽境のあることが感ぜられて、あんな心持になれたらばと思ふのであった」p192.「此の女を“四肢と毛なみの美しい獣”として卑しみ去ろうとする意志の下には、その獣身にラマ教(=チベット仏教)の仏像の菩薩に見るような歓喜が溢れているところをなかなか捨てがたく思うp205」。
本書の裏表紙には「互いに愛人がいながら離婚にふみきれない中年夫婦」と書かれているが、「蓼喰う虫」の内容は、妻の不倫は本気であり、夫の不倫はプロの娼婦のような」相手であるため倫理として外れる部分が軽いかのような印象を読者に受けさせる書き方である(「ほんの一時の物好きと肉体的の要求とから、いかがわしい女を求めに行くと云うことだけだったp134」)。これは谷崎の自分の立場を正統化するような姿勢の表れであるが、寂聴の「つれなかりせば、、」を読むと、それ以上のものがあることがわかる。同書によれば、谷崎は当時、の妻・千代の妹せい子を「思うままに調教するには、千代は邪魔(同書p11)」であった。一方、千代は「潤一郎に虐待されてすぐ泣き出すような小田原時代の千代とは別人のような雰囲気(同書p73)」が感じられるとあり、「蓼喰う虫」に登場する妻に一致する(「当時の千代はハイカラになっていて美しかった(同書p77)」「とてもさばさばした人で姉御肌(同書、p99)」。
千代の不倫相手は、佐藤春夫ではなく、和田六郎という人物であったが、寂聴によると、谷崎は「千代から六郎との恋の成行を詳細に報告させていたらしい。現実の恋愛を同時進行形で新聞に書かれていた」ため、「“蓼喰う虫”は実に怖ろしい小説である」(同書、p79)「谷崎は果たして悪魔主義なのか、真実悪魔なのか」(同書、p101)。谷崎は、佐藤春夫への妻君譲渡事件に際して、宣言文を発表する前に、「蓼喰う虫」を刊行していたため、世間は「谷崎の性的に不一致な夫婦の不幸という悲劇に、何となく納得させられた(同書、p94)」。
「蓼喰う虫」には、主人公の高夏という人物が登場するが、実はこちらが佐藤春夫をモデルにしたもの(同書、p113)。高夏は、妻と離婚する時に、最後の別れを惜しむために一晩中妻と泣いた(p71)が触れられている。ところが、これは現実には、谷崎は、佐藤春夫には千代と六郎の関係を土壇場まで隠し続け、千代が佐藤に相談するのも止めていた。ところが、谷崎は昭和4年(1929年)2月25日に佐藤宛に手紙を書き、二人の関係を明かしたところ、佐藤は千代のもとに行き、一晩中寝ずに語り明かし、千代は泣いた(同書、p102)というもの。つまり、谷崎はこうした事実を、自分の小説のネタに都合よく利用したということになる。一方、佐藤は、「蓼喰う虫」を読んで、「谷崎夫婦の間に新しく闖入して来た男の存在、決して自分ではない男の影を感じ取らない筈はなかった(同書、p114)」。六郎のほうは、千代が佐藤の前で涙を見せたことを曲解して、千代と別れてしまう(同書、p130)。