【佐伯泰英】
死の舞い
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文化二年の元日。年賀の挨拶で賑わう大黒屋の目下の話題は、信一郎とおりんの祝言の話と次の船団長の人選であった。
拉致された九条文女の行方は杳として知れず、焦る総兵衛は意を決し、江戸城への潜入を試みる。
新栄橋完成に沸く大黒屋に、深浦の船隠しを監視する眼を報告してきたのはおこも姿の忠吉だった。
駿太郎は亡き両親の想いを胸に、丹波篠山へ――。親子の情に心打たれる、書き下ろし第13弾!文政8年秋。
交易船団はバタヴィアでオランダとの直接交易に入ろうとしていた。最新型巨大帆船の発注について信一郎は大きな選択を迫られる。
享保八年秋、飛鳥山の菊屋敷は、棟方新左衛門と久村りくの結納を祝う一座で賑わっていた。
仙台を発って海路を北に向かった清之助は、巷を悩ます海賊サンボトジ党や、子供たちを拐かした妖しげな巫女を成敗するべく、刀を振るう。
五十八門の大砲を搭載する薩摩藩の新・十文字船団七隻は大隅海峡にて、大黒屋の交易船イマサカ号・大黒丸の通過を虎視眈々と待ち受けていた。
総兵衛は大目付本庄義親邸で喜多川歌麿なる稀代の浮世絵師と出会い、その絵と人物に不思議な魅力を感じさせられた。
京の錦市場で忽然と姿を消した桜子としげの消息は依然として知れないままであった。
一年に及ぶ柳生逗留を終え、惣三郎と結衣が江戸に帰ってきた。しのと結衣は抱き合って再会を喜ぶ。
惣三郎の次女結衣が姿を消した。昇平によれば、結衣が宮地芝居の小屋から出てくるところを見かけたという。
豊後相良藩二万石の徒士組・金杉惣三郎は、固い絆で結ばれた藩主・斎木高玖から密命を帯びる。
年の瀬も押し迫った江戸。金杉惣三郎の愛娘みわは不逞の浪人に取り囲まれ、窮地に陥っていた。
六代目総兵衛の活躍した元禄・宝永年間から九十余年。享和二年(1802)、九代目総兵衛勝典は、労咳で瀕死の床にあった。
いよいよ江戸に帰るべく、金杉清之助は徹宵して南下し、師が眠る鹿島を訪れる。
上覧剣術大試合開催を知るや、佐渡を出立して越後に修行の場を移した清之助は、長岡へ向かう途次、討手に追われる姉弟と出会う。
徳川吉宗の一声により、天下第一の剣者を決める「享保剣術大試合」の開催が決まった。
坊城桜子を伴って京を目指す総兵衛一行が鳶沢村に逗留中、薩摩の密偵が捕らえられた。
“影”本郷康秀を誅殺した総兵衛一行は、上野、越後、越中を経て盛夏の加賀に入った。
足掛け5年の修行の日々は、すべてこの日のため――。国中から豪腕辣腕の武芸者が集結した上覧剣術大試合。
今坂一族の卜師梅香林は、鳶沢一族に張り巡らされた闇祈祷を看破した六義園を拠点とした闇四神の結界は富沢町、さらに駿府鳶沢村をも包囲していた。
上覧剣術大試合まで半年余りとなった初夏。金杉清之助は仙台・伊達家城下で修行に励んでいた。
将軍吉宗お声がかりの鹿狩りに参加し不首尾だった咎で、直参旗本石河常康が切腹した。
め組の姉御お杏が、待望の男子を出産した。惣三郎らは家族同然に歓喜し、祝いの酒を交わす。
琉球沖の大黒丸遭難で総兵衛以下、又三郎、駒吉など主だった人材を欠いた富沢町大黒屋を柳沢吉保の魔の手が襲う。
「密命も今回かぎりに御免被りとうございます」と、大岡越前の密偵役を辞退して半年。
御家騒動から七年後。相良藩の江戸留守居役となった金杉惣三郎は、財政の建て直しに忙しく、我が子とゆっくり向き合う暇もない。