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更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち

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更に、古くて素敵なクラシック・レコードたちの評価:

4.50/5点 レビュー 22件。 A ランク

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平均点4.50pt

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全23件 21〜23 2/2ページ
No.3
(5pt)

ブルックナー7番はやはり朝比奈か!

①とにかくマニアック、凝り方は半端ない。例えば、ベートーベンのピアノ協奏曲は「皇帝」ではなく、第3番だ。しかも、ピアノ・ソナタは、第11番の変ロ調大ソナタが登場する。悲愴·月光·熱情を最初に聴く人が多いが、第11番·第16番·第18番を好んで聴く人はそれなりに「通」なのだと思う。
②中でもブルックナーに注目した。モノラル録音のベイヌムから始まるのが凄い。クナとかシューリヒト、カラヤンではない。第7番では朝比奈隆の聖フローリアンライヴご登場している。こんな素晴らしい演奏が、日本人の指揮者とオーケストラで達成されたのだ。
③ブルックナーの第9番は、ジュリーニが登場する。残念ながら著者は第4楽章を聴いていないようだ。ラトル=ベルリンフィル盤、アイヒホルン=リンツブルックナー管弦楽団は、終楽章を入れた名盤である。ブルックナー自身が「第4楽章が完成しなければ、「テ·デウム」でも良い」と述べていたことを思い出すべきである。ブルックナーは第4楽章に完成一歩前まで取り組んでいたのだ。最後まで聴くと第9番が、第3楽章までとは随分違って聴こえるから不思議だ。
それから、ヴァントとチェリビダッケは聴くべきである。
凄いスペシャルなクラシック案内が本書である。
お勧めの一冊だ。CDも出してほしい。
更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち (文春e-book) Amazon書評・レビュー: 更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち (文春e-book)より
B0BNTMQ8FP
No.2
(5pt)

待望の、第2弾!!

通して読み終えたところだが、前巻に比べると、’70年代、’80年代の演奏が少し増えている印象。私は、’72年からレコードを買い始めたので、’70年代以降のレコードは、新譜として認識しており「古い」レコードとは思えないので、若干違和感がある。ポリーニとかザビーネ・マイヤーのレコードが古いって、なじめないのだ。古いレコードというのは、個人的記憶ではハイフェッツとかルービンシュタインとか、ライナーとかミュンシュとかクレンペラーとかセルとか、シュワルツコップとかのレコードまでなのだ。
 ともあれ、これまで前巻で紹介されていた演奏の音源を(486枚中100枚くらいはCDで持っていたのだが、持っていなかったものは)買ったり借りたりダウンロードしたり、いろんな方法で入手して楽しんだ。今回も、そうやって、古き良きレコードを買うのが楽しみだったあの時代を懐かしみつつ楽しみたい。第2弾に感謝。
更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち (文春e-book) Amazon書評・レビュー: 更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち (文春e-book)より
B0BNTMQ8FP
No.1
(3pt)

村上春樹と私の世代の違いについて

村上春樹の小説は、誰しもが知っているとおり、音楽に満ち溢れていて、ジャンルとしては、ジャズが大きな領域を占めているが、クラシック音楽との関わりも多大であって、私がそのことを特に意識したのは「海辺のカフカ」(新潮社、2002年)を読んだときであり、この物語のなかでベートーヴェンの「大公トリオ」が果たしている役割が大きくて、その影響で何枚かの大公トリオのディスクを買ってきて、熱心に聴き比べたりしたのだった。

私自身は、長年、クラシック音楽を聴いているが、それは殆どCDを通じてのものだ。父が何枚かのクラシックのレコードを持っていたが、レコードは片面20〜30分くらいしか収録できない。ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」や第9番「合唱」という長い曲をレコードで聴くと、どうしても曲の途中で、レコードをひっくり返して、針を置き直さないといけなくなる。俗説では、CDを開発するとき、SONYとカラヤンが話し合って、カラヤンの指揮したベートーヴェンの第9番が一枚に入るようにしたとされるが、とにかく、長い曲を通しで聴けることが、私にとっては重要だったので、私はCDを好んだ。私はレコードの音質よりも、CDの効率を愛するタイプの人間なのだろう。しかし、いまや、音楽をサブスクで聴く時代であるから、CDで音楽を聴くというのも一時代前の世代の話である(また、最近では、再びレコードブームで、レコードの売上がCDの売上を抜いた、という報道があった。効率の時代から質の豊かさが追い求められる時代に移行したのかもしれない)。

村上春樹の「古くて素敵なクラシック・レコードたち」(文藝春秋、2021年)、「更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち」(文藝春秋、2022年)を手に取って私が驚愕したことは、村上春樹がレコード世代で、私がCD世代だという、世代の違いであり、それゆえに、この二冊の本で言及されているレコードと、私の愛聴しているディスクにほぼ重なりがないし、たまに重なっているものでも、演奏の嗜好が全く違うということであった。例えば、「更に」の方で、マーラーの交響曲第2番「復活」が取り上げられていて、そこでバーンスタインが指揮した2種の演奏が比較されている。やや長いが引用してみる。

「バーンスタインの演奏はクレンペラーやワルターに比べると、音楽の印象が実に若々しい。両者とは違ってマーラーとの個人的しがらみもなく、そこには新しい時代の新しいマーラー像を打ち立てようという健全な野心が溢れている。そしてその意欲が空回りしていないところが立派だ。 きりっとした前向きの姿勢が、清新な音楽を生みだしていく。後年(一九八七年)のNYフィルとの再録音は、感情が尻尾の先までたっぷりこもった優れた演奏だが、僕にはいささか濃厚すぎて胸にもたれる。どちらか取れと言われたら、迷うことなくこの率直な六三年盤を取る。」(335頁)

私は、20世紀末のマーラーブームの中で次々とリリースされたバーンスタインのマーラーのCDにより、マーラーの交響曲の魅力に触れて、未だに圧倒的にその影響下にある。したがって、「復活」は、他のディスクをたくさん聴いてきたが、バーンスタインの1987年盤より優れた演奏はない、これは奇跡的な演奏ではないか、と信じているのであり、1963年盤を取るとした村上春樹とは、全く嗜好が違うことを感じるのである。

もう一つ書いておきたいことは、セルジュ・チェリビダッケ(1912〜1996年)のことである。村上春樹のこの2冊の本は、レコードの紹介であるから、新しい時代の指揮者や演奏家がほぼ触れられていないのは当然である。チェリビダッケはレコード時代の人であるが、生前、レコーディングを嫌ったため、チェリビダッケの指揮した演奏の殆どは、彼の死後、CD時代になってから発売されたため、この2冊の本に、チェリビダッケの指揮したレコードは含まれていない(と思う。斜め読みゆえ、間違っているかもしれない)。チェリビダッケは、私は大変好きな指揮者であるが、彼のあの遅いテンポのブルックナーを村上春樹がどう思っているのか、読んでみたい気がする。もちろん、この2冊の本は、村上春樹が「更に」の冒頭で書いているように、ガイドブックでも、啓蒙的な意図を持って書かれたものではないし、むしろ個人コレクションの報告書である。従って、チェリビダッケの「不在」は仕方がないのだが、隔靴掻痒という感じがするのである。

だから、この本は、これからクラシック音楽を聴こうとする若い人に対して、網羅的なガイドになっていないし、嗜好も偏りがあるので、お勧めしない。レコード時代を代表する村上春樹が、どのようなレコードを聴いてきたのか、あるいは、その時代にはどのような演奏があったのかを知るため、もしくは、古い演奏のレコードやディスクを買う時に辞書的に参考にするため、という読み方しか考えられない。大の村上春樹ファンかクラシック音楽ファンでなければ、なかなかついていけないだろう。勿論、書棚に飾るには、レコードのジャケットのような素敵なデザインだ。評価は難しいが、読者を選ぶので、標準点としての☆3つとした。これは私の書いた52番目のレビューである。2022年12月16日に斜め読み。
更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち (文春e-book) Amazon書評・レビュー: 更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち (文春e-book)より
B0BNTMQ8FP