盗んで食べて吐いても
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摂食障害、特に神経性過食症と窃盗症(クリプトマニア)の併発率が高い事は知られている。特にクレプトマニアのうち女性の過食症との併発率は50%とも言われ、現に毎日放送が取材した北九州医療刑務所に窃盗により収監されながら摂食障害の治療を受けている受刑者は8人全員が女性であったとの報告も。 桜井美奈の新作はまさに過食症と窃盗症の併発に苦しんだ女性の半生を追った読んでいる間ずっと息苦しさを覚える様な一作。「摂食障害をテーマにした作品ならいくらでもあるだろ」と仰る向きもあるかもしれないが、学生など若い女性であればともかく社会的な地位もある子持ちの中年女性を主人公に、という事であればどうだろう? 物語の主役は小笠原早織、四十代の会社員。夫の大樹と共稼ぎでマンションのローンを払いながら反抗期の兆しを見せつつある一人娘の佑実を育てる典型的ワーキングウーマン……の筈だが彼女には人に言えない秘密が。 すし詰めの列車に40分揺られて辿り着いた自宅最寄り駅近くのスーパーに空腹に苛立ちながら立ち寄った早織は店員の目を盗みながらカゴいっぱいに詰め込んだ菓子パンなど山盛りの食品を自分のカバンへ。言い訳のできない万引きを犯した早織だが自宅で娘の目を盗み万引きしてきた食品を一気に平らげて苦しさに悶えながらもトイレで吐き戻すという行為に誰にも言えない解放感を得ていた。 だが、そんな日々は突然崩れ始める。妹の瞳から母親が、早めに初潮が来た事で身体が丸みを帯びて来た早織に家族と同じものを食べさせてくれなくなった母親が急病で入院したという電話を受けた直後に犯した万引きを店員に見咎められ夫の大樹に通報された事で全ては暗転。 不運にも店員に事務所へ連れていかれる所を娘の友人に見られた事もあり佑実からの信用すらも失った早織はこのままでは駄目だという焦燥感に囚われながらもその意に反する様に万引きが止められなくなり起訴を受け、それでも万引きを犯し続けた事で遂に実刑処分が確定してしまう…… もうね、前半のスピード感溢れる転落劇が最高過ぎる。冒頭で主人公・早織が幼い頃に過ごした実家の光景あたりに「なんか不穏な家族だな?」と不安を過らせながら二馬力で稼ぎつつ子育てをする立派なワーキングウーマンとしての姿を見せ付けて「なんだ、意外とまともな主人公じゃないか」と一旦安心させての「ドーン!」ですよ。 夫や娘の目を盗んでの過食と吐き戻しだけでも「あらら……」となるのだが、中学時代に始まったという窃盗症が40代になって激しく再燃し、娘の信用を失っても、起訴されてもブレーキの壊れた大型車の様に暴走していく様が淡々と描かれていくので「この主人公はいったいどうなってしまうんだ」と序盤からハラハラドキドキが止まらないとはまさにこの事。 しかもそのまま一直線にクラッシュさせるのではなく、一旦「理解ある夫」というキャラを使って読者に軟着陸成功かと「ホッと一息」を吐かせてからの大クラッシュを食らわせるのだから作者の桜井美奈も大概性格の悪い作家である(読みながら「良いわ、もっとやって」と思ったのは内緒だ) 大クラッシュで終わる前半を「転落編」と名付けるなら後半はどん底に落ち、全てを失った状態からの「復活編」となるのだろうけど……「復活編」とは言いながら依存症ってのはそう簡単に許してはくれない訳で収監されても窃盗症を再発させてしまい自分のダメ人間ぶりに打ちのめされる早織の姿を拝ませてくれるので作者は本当に読者の期待って物を理解しておられる(実際上で紹介した毎日放送のドキュメンタリーによれば窃盗症+過食症で収監された受刑者の再犯率は低く無いらしい) そりゃ単なる過食症をカジュアルに楽しみたいんなら「もちづきさん」でも読んでれば良いのだろうけど、やっぱり依存症テーマの作品にはこの絶望感漂う薄暗さが無いと物足りないなあと改めて想わされた次第。大切な人たちを、何より「もう繰り返すまい」と誓った筈の自分を裏切ってしまう事への絶望感と惨めさがキッチリと描かれてこその依存症ものですよ。 ただ、その上で読者の方も「もうダメだろ、この主人公」と諦めがちになったタイミングでようやく復活への手掛かりを用意しているのだから作者の至れり尽くせりの精神はお見事。読者の「ここで救いが欲しい」と感じるタイミングを万全に知り尽くしていないとこのタイミングはあり得ない。そういう意味では本作を読んでいる間、読者は作者の掌の上で転がされっぱなしだとも言える……これが快感なのだけど。 かつての自分と重なる女の子との出会いによって救われるという展開はある種のご都合主義ではあるんだが、この出会いが早織が目を背けていた全ての元凶へ、「受け入れて欲しいのに受け入れて貰えない苦しみ」や「言いたい事があった筈なのに言えずに終わった母親への想い」へと向き合わせるのだから上手く出来ている。 親に受け入れて欲しい、それも出来れば「ありのままの私」を受け入れて欲しいという想いは全人類共通なのだろうけどもそうはならないから人は苦しむ。「受け入れて欲しい」という想いだけは捨てられないから無茶なダイエットやがり勉で「受け入れられてもらえる自分」を作り上げるか、受け入れて貰える相手を新興宗教の教祖様へと変えたりといった人生が奈落へと直結するような無茶を選択してしまう。 その意味で本作の結末は「受け入れて貰う事を諦める=親といえど他人である事を認める」という比較的マシな着地点に落ち着くわけだが、そのまっとうな結末に辿り着くまでに人はここまでハチャメチャな運命に振り回されなきゃならんのかと思えば人の業の深さに暗澹たる気分にさせられた次第。 早織の歩んだ人生は過酷であるし、孤独なまま真っ暗闇の中を歩き続けるようなものだったけれど多かれ少なかれ読者にも同じ様な想いを味わった経験はあるだろうし、他人を他人と割り切れて済ませられるほど強い人ばかりでない以上は「受け入れて欲しい相手に受け入れて貰えない」という人間関係の根本的な苦しみは全人類共通であろうから割と身近な話でもあるかと。 いやー……読み終えて作者である桜井美奈の「読ませる力」はいよいよもって完成の域に到達しつつあるなと改めて実感。テーマは重苦しいけれども気が付けば夢中で読み終えているという作者のストーリーテラーぶりが十全に発揮された傑作であると申し上げた上で筆を置かせて頂く。 | ||||
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精神科訪問看護師です。自分自身も過食嘔吐で苦しんだ数年間があります。文中すごく胸にくるというか、上手に言語化してくれてありがとう腑に落ちましたみたいな部分が沢山ありました。摂食障害だけでなく依存症全体の理解にも繋がる本だと感じました。今後の患者さんとの関わりや自分自身の振り返りに活かしたいと思います。 1日一気読み | ||||
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